古い子はかわいそうなのか

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「え、1ヶ月もかかるんだ」  思わずひとりごちた。ももちゃんの全身の綿を抜き、「皮ふ」をクリーニングして、はげた部分を補強するには、それくらいの時間が必要ということらしかった。よく考えると亜希は、祖母から8歳の頃にももちゃんをプレゼントされて以来、手放したことがない。学生時代の短期留学にも連れて行った。1ヶ月も耐えられるだろうか?  しかし病院は、対策を講じていた。確認するように、読み上げてみる。 「ぬいぐるみの入院期間中、ご希望のかたには代わりの子を派遣いたします、その子がお気に召した場合は、買い取りも可能です……」  なるほど。ぬいぐるみ好きのツボを押さえている。大概のぬいぐるみ愛好家は、1ヶ月も接すれば愛着が湧いてしまうだろう。自分もその例に洩れないと、亜希には変な確信があった。  ももちゃんはうさぎだから、うさぎを貸してくれるのだろうか。じゃあ、ももちゃんに友達ができるかもしれない。2匹で写真を撮るのも悪くないな。  その想像は、亜希に幸福感をもたらした。修理の申し込みもしていないのに、妄想が先走る。  例えば、姪っ子のぬいぐるみがぼろぼろになっているということにして、大西にぬいぐるみ修理の詳細を訊いてみようか。公園の怪しい女だとバレることなく情報を収集するための策略を、亜希は巡らせる。  ぬいぐるみを毎日直しているような人物相手に、そんな回りくどいことをする必要は無いだろうとは思う。しかし亜希は、昨年別れた男の冷ややかな、恐れの色さえ混じっていた視線を忘れられない。 「うわ、その年になってそれは無いわ」  そんな言い方をされるとは思わなかった。
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