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ももちゃんはきらきら零れる冬の光に眼差しを上げ、心地良さそうに見えた。最近特にくたびれてきた右の耳を、何とかぴんと立てた。亜希のスマホの画面には、うさぎのぬいぐるみの斜め横顔が映し出されている。
「ももちゃん、撮るよ」
亜希はシャッターを2回切った。うるさく顔にかかってくる伸びっぱなしの髪を払いのけて、もう少し下のアングルから、あと2枚。ももちゃんのクリーム色の肌に、金色の光が線状に当たり、狙い通りにいつもと違う雰囲気が出た。
「もうちょい上向けるかな」
亜希はももちゃんの後頭部に手を回して、少し顎を上げさせてみた。ももちゃんが空を見上げ、いい天気だと思っているように見える。
自分の手が映らないよう、亜希はスマホをももちゃんに近づけ、画面を数度確認してから片手でシャッターを押した。
カシャッという軽い音がした後、亜希は人の気配にびくりとなった。恐る恐る右に首を向けて、ぎゃっと叫びそうになる。さっきまでベンチに座っていた男が、2メートル離れた場所に突っ立って、自分を見ていた。
彼はマスクの上の目を丸くしていた。そりゃそうだと亜希は思う。ホームウェアにコートを羽織っただけの、若くないすっぴんの女が、人気の無い公園で古ぼけたうさぎのぬいぐるみを撮影している。見ようによっては一種のホラーだろう。
帰ったんじゃなかったの? 私見送ったよね? ずっと見てたの? 男と目が合ってしまった亜希は、押し寄せる羞恥に耐えきれなくなり、慌ててももちゃんをベンチから取り上げた。そして彼女を足からトートバッグに入れ、何事もなかったように男に背を向ける。
10歩ほどは普通に歩いたが、その後はダッシュして逃げた。近くで見ると、男は亜希と年齢が近いように見え、やはり整った顔立ちをしていた。知的な額の下に眉と目がバランス良く配置され、ラフな格好だったけれど、ジーンズの足もすらりと長くて、どう見ても佳い男の部類に入ると思う。だから余計に恥ずかしかった。
近所に住んでいるのだろうか。公園によく来るのならば、これからあまり撮影に行かないほうがいいかもしれない。
亜希は一応背後を確認してから、脚の運びを緩めた。普段走ることなどほとんど無いので、息が上がって苦しい。
自宅マンションはもうすぐそこだった。亜希はももちゃんを入れたトートバッグを左手に持ち替えて、ひとつ深呼吸した。
邪魔が入ったけれど、いい写真は撮れたはずだ。早速、画像を吟味しなくては。亜希の胸はわくわくする。ネットの海には、ももちゃんの写真を待っている人がいるし、よその子の可愛い写真も溢れている。
出勤前にアップすれば、昼休みに反応がチェックできる。亜希は意気揚々と、自分とももちゃんの暮らす部屋に戻った。
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