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亜希は肩先まで伸びている髪を纏め、30年間デザインの変更が無いと社員たちに揶揄される制服を身につける。これから8時間の戦闘だ。こちらの都合を何一つ斟酌しない客たちと、事務の仕事を軽視している従業員たちとの。
亜希は中規模のチェーンスーパーに勤務している。店舗内事務所のチーフとして、1人の若い社員と2人のパートタイマーと共に、バックヤード業務を担う。
事務担当の主な業務は、店舗内で動く金の管理だ。事務所の中の金庫には、レジ12台分の釣り銭用の札と棒金が用意されている。売上予算に合わせ、元釣り銭と両替用として必要な金を本社に「発注」し、開店前から18時の最終の店舗内両替が終わるまで、1日計6回、金庫の中身を精査する。営業中にレジから集められた一万円札や、使わずにだぶついた釣り銭は本社に戻し、金庫に置かれる現金が必要以上に多くならないよう調整する。
実は事務所の業務で一番厄介なのは、金の管理ではない。何故なら金はわがままを言ったり、勝手なことをしたりしないからだ。人事の書類を期限までに提出しない者や、出退勤のカードスキャンを忘れたことを、店長に申告せず放置する者のほうが、亜希の神経を余程逆撫でする。
年末は店舗が忙しい上に、年末調整の書類を出させるために皆の尻を叩かねばならなかったので、事務のメンバーは皆くたくただった。怒涛のように大晦日が訪れ、正月3日からの初売りが落ち着くと、ちょっとほっとできる。今はそういう時期だった。
朝の業務をパートさんたちに任せることがようやくできるようになり、現在亜希は11時から出勤するシフトが多い。午前中の来客のピークが訪れ、1回目の万券回収と両替をおこなう時間なので、事務所に入るとぼんやりはしていられない。
「おはようございます、チーフ」
「ああ、住野さん、おはよう」
勤務を始めてもうすぐ丸2年になるパートタイマーの河原崎と、店長の真庭が同時に挨拶してきた。
「おはようございます」
亜希は特に感情を乗せずに応じる。社員の転勤も多く、パートも何かあればあっさり辞めるこの業界で、深い人間関係を築きたいと思わないからだ。
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