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「結構お客さん入ってますね」
亜希は監視ビデオの映像を見て、言った。特に目玉商品も無い木曜日にかかわらず、店内やレジは混雑気味である。
河原崎とほぼ同時期に入社し、4月から3年目に入る社員の阪口はやや注意力散漫で、また釣り銭の発注を間違えた。今日の午後3時に警備会社が持ってくるまで、千円札が足りるかどうかが心配だ。
真庭がのんびりと言う。
「給料日じゃないのになぁ、年金は来月だし」
「15日がお給料日の会社も多いです」
亜希にぴしりと突っ込まれて、真庭はそうか、と笑った。笑うところじゃねぇよ、と言いたくなる。
基本的に亜希は、業務中は厳しい目のキャラで通していた。新入社員の頃、配属された店舗の事務チーフだった女性は、親切でいい人だったが、他部署の人間に甘かった。わかりました、やっておきます。いいですよ、明日持ってきてくださいね。笑顔で答える彼女のせいで、事務所は雑用に振り回され、本社から人事関係の書類の提出などを、いつも督促されていた。
サブチーフになった時、全店の事務サブチーフが集まる研修があった。そこで知り合った、同じ立場の社員たちと話してみて、亜希は事務所が甘い顔をするのは良くないと判断した。実際、売り上げが大きい店舗や、面積の広い店舗を支えているデキる事務チーフは、厳格な人が多い。店によっては、店長や店次長ではなく、事務チーフがバックヤードを仕切っていると言っても良さそうだった。
管理職を操ろうとまでは思わないが、亜希は甘くない事務チーフになろうと決め、たぶんそうなることができた。甘い顔をすると、皆つけ上がる。例えば、真庭のように動かない店長の尻は遠慮無く叩かねば、店舗内全員の士気、ひいては売り上げにかかわるのだ。
そんな亜希には、あだ名がついている……「事務の女王」。レジチーフもなかなか厳しい人なので、彼女は「レジの女帝」と呼ばれており、セットにされていた。この呼び名に、嫁き遅れ気味のニュアンスがあることは言うまでもない。女王は30歳、女帝は32歳だ。
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