女王は秘密を持っている

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 今日開設している8台のレジから万札を集め、やはり木曜にしては多めの両替依頼を処理すると、外線電話が鳴る。ワンコールで素早く受話器を上げるのが原則である。 「はい、ハッピーストア鷺ノ宮店の住野です」  無愛想ではなく、媚びずに話す。外線は8割が客からの電話である。そのうちの半分は、何らかのクレームだ。気は抜けない。 「すみません、ぬくもりぬいぐるみ病院と申しますが」  亜希は電話の向こうの男の声に、首を傾げつつもはい、と明るく応じた。ぬいぐるみ病院? 「今日の夕方にお弁当を予約しているのですが、ちょっと取りに行くのが難しくて」  男は丁寧に話したが、亜希は内心、うわっ、と思う。何食分予約しているのか知らないが、キャンセルだとしたら洒落にならない。亜希は相手に断り保留ボタンを押して、惣菜部門のバックヤードに内線を入れた。頼りないサブチーフではなく、ベテランのパートタイマーが出てくれたので、ほっとする。 「事務の住野です……外線1番ね、ぬくもりぬいぐるみ病院っておっしゃってるんだけど」 「ああ、6時に幕の内弁当10本頼んでるとこだわ」  パートさんは、客を把握していた。話が早い。 「取りに来れないっぽいみたいに言ってる」 「ええっ! マジ? 無いわ! ちょい代わるわ、1番ね」 「うん、よろしく」  引き継ぎが完了し、亜希は受話器を置いた。何? と真庭が訊いてくる。報告は必要だった。 「18時に幕の内弁当を10本頼んでるお客さんです、取りに行けないって言ってました」 「うわぁ、キャンセルされたら痛いな」  真庭は珍しくぱっと立ち上がり、事務所から小走りで出て行った。河原崎があらぁ、と小窓の外を覗く。 「惣菜に行ったんですかね? 店長」 「キャンセルさせるなって言いに行ったのかな」  幕の内弁当は、単価がやや高い。もしキャンセルされたら、10折を平日の夕方から(さば)くには、値引き無しでは難しいだろう。  すぐに真庭は事務所に戻ってきた。鍵を持って出なかったようなので(事務所は常に施錠されている)、河原崎が扉を開けてやる。  真庭が溜め息混じりに言う。 「俺が持ってくことにしたわ、お茶も頼んでるみたいだし」 「えーっ、夕方のそんな時間に店長が留守にするの、ヤバいんじゃないですか?」  河原崎の反応はもっともだった。彼女の言う通りである上に、ネットスーパーの宅配申し込みでもないのに、こちらが商品を運んでやるというのが、亜希には引っかかる。
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