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第5話 After say Good-bye
中学生の正樹君が仲間を見つけるならば、中学生が行動できる範囲内で見つけるのがベスト。だから、そんなに多くの場所にチラシを配ることもないだろうという事だ。
そこで俊さんが紹介してくれたのが東北沢駅の近くにあるアクアリウム『ブルーコーナー』だった。オーナーの梶さんは俊さんの後輩で2年ほど前にこのお店を開店したそうだ。
「どうだ。そんなに大きくないけど良い店だろう」
店内はウッド仕立てで、ビルディングのテナントなのに、まるでログハウスにいる気分になれる落ち着きのある店だった。
俊平さんは遅番で出社するために、私と正樹君を置いて帰ってしまった。
「まったく、相変わらずだな、俊平さんは....」
「あ、あの—」
「ああ、大丈夫だよ。だいたいの話は聞いているからね」
「ありがとうございます」
「中学生の行動範囲で仲間を見つけるか。見つかるまではもしかしたら日数がかかるかもしれないけど、一番現実的な方法かもしれないね。まさに俊平さんらしい。確かにうちに来る客層は遠くよりも笹塚・幡ヶ谷から世田谷区のこの近辺が多いからね」
「そうなんですね。どんなお客さんが多いですか?」
「そうだな。サラリーマンの人が多いよ。まぁ、うちにはヘビーな生物が居ないから、ライトユーザーが主なお客さんかな。そうそう、中学生の子も時々餌を買いに来るよね。正樹君は何か飼ってはいないの」
「うちはそんな余裕ないから.. でも、いつか飼ってみたいなぁとは思います」
「そっか。その時はうちで購入してね。ところでチラシは?」
・・・・・・
・・
チラシはまだできていない。
しかし、貼らせてくれるお店も見つかり、話が現実味を帯びてくると正樹君は次第に積極的になった。時には学校をさぼって青葉書店に来ることもあった。
チラシに入れる文言は正樹君が考え、イラストは私が担当した。
そして出来上がったチラシにはこう書かれている。
『集え! 海洋生物研究員! ともに海へ調査に行こう! 玉川上水魚協くみあい!』
チラシの端に切り取り線を入れ、連絡用メルアドを持ち帰れるようにした。
メールは青葉書店のPCに届く算段だ。
そして梶さん、俊平さん、私の予想は外れ、一通のメールが届いたのはチラシを貼りだして5日後のことだった。
****
正樹君の家庭環境は詳しく知らない。
その日も正樹君は学校を抜け出して青葉書店に来てしまったようだ。
私が『学校はいいの? 』と聞くと決まってこう返すのだ。
『あんなところ行っても意味がないから、どうでもいい場所だ』
私はそれ以上、踏み込むつもりはない。
私が注意したところで、現に彼は既にこうして学校を抜け出す事を覚えてしまっているのだから意味がない。
ただ、やよい生花店の義男さんや鈴木商店の鉄平さんは、青葉書店自体に変な評判が付かないかを心配していた。
『万理望、迷うことないよ。とことんやってごらん』
いろはおばあちゃんだけは、私が本当に正樹君に伝えたい気持ちを理解してくれているようだった。
「ねぇ、万理望さん、メールが来たよ! これ開いてもいいやつかな? 」
お店用のノートパソコンを開いた正樹君が興奮気味に言った。
「え? 本当に? 開くだけなら大丈夫じゃない? 」
「じゃ、開いちゃうよ。パソコンが変になっても責任持たないよ。いい? 開いちゃうぞ。いいのか? 」
「(早くひらけ! )」
そこには名前と、『俺はどこに行けばいい?』とだけメッセージが書いてあった。
「これっていたずらかな? 」
「 ..今はわからないからとりあえず、笹塚の青葉書店に来るように返信してみて。私が彼に会ってみるからさ」
「うん」
そのメールの発信者は『高場 賢治』と名乗っていた。
来る日や時間は特に指定はしない。
ただ、顔を見せて名乗ってくれればそれでいい。
翌々日、店が閉店する午後9:00、店のドアを閉めようと外に出ると、ひとりの男の子が立っていた。
その子はまるで今、私が夢中になっているイギリスのドラマ『After say Good-by』の寄宿学校から抜け出してきたような男の子だった。
その少年が何かを言おうとする気配。
(ああ、ダメ、ダメ! 私は英語がまったくダメなんだから!! )
「あの、俺、賢治 .... 高場賢治です。この前、メールした者です」
イギリス人の少年と言ってもだれも疑わないであろうその少年からは、自然な日本語が返って来た。
「あ.. ああ、私、青井万理望です」
「ああ、よかった。青井..万理望さん、俺、ちょっと心配だったんだ」
「何で?」
「だって『玉川上水魚協くみあい』なんて名前で、場所は本屋さんだし、いたずらじゃないかって..」
「はははは。そうなのね。私の名前も変わってるしね」
「うん。いや、ごめん」
「ううん、大丈夫だよ。それより、君、こんなに遅い時間大丈夫なの? 」
「大丈夫だよ。だってまだ9時じゃん」
「うん。じゃ、少し上がっていく? 」
「ううん。いいよ。もう閉店でしょ? 俺、確認しに来ただけだからさ。明日また来るよ」
「うん」
「じゃあね、万理望さん」
そういうと彼は自転車にまたがり走り去った。
「あっ!?」
その時、私は重大なミスに気が付いた。
チラシ、メールに正樹君の名前を入れていなかった。
つまり、彼は私がこのサークルの代表だと思っているのではないだろうか?
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