16人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
徒花はプールサイドの夢を見る
季節は九月。
早秋の風が青い枝を揺らしている。
真っ青な空の下。入学当初から管理している花壇には、なんの弊害もなく育ったかのように、丸々としたトマトが実っていた。
無駄に咲いた花は剪定され、雨風を耐え凌いだものだけが実を結ぶ———その、残酷で美しいさまは私たちに似ていると思う。
政治も社会情勢も礼儀作法も知らない、ただこの世に生まれ落ちただけの種が、地表を突き破って芽を出し、日光を求めて枝を伸ばす。
美しく素直なものもいれば、曲がったり傷を負ったりして、野生的に育つものもいる。
学校という牢獄で生きる私たちも同じ。
『生徒一人一人の個性を尊重します』パンフレットにあった校訓は教育者の妄想で『個性を持つ生徒は迫害されます』これが事実。
だから『人と上手く話せない』個性を持った私は、剪定を恐れる徒花みたいに、花たちから逃げている。
パチンっ。
大きなトマトを剪定鋏で切り取ると、思考も一緒に切れる。日光を浴びて赤々とした表面は、遠くで見た時よりも、ザラザラとして埃っぽい。
くるりと裏返すと、まるで瀬戸内 麻友に殴られた唇のように、はっきりとヒビが入っていた。
「ねぇ、きみ一年生だよね?」
突然、背後からテノールが聞こえる。
どうやら声の主は、包帯だらけの少女を前にしても動揺しないらしい。凛とした音に、眼帯をずらして振り返る。
「そう、ですけど‥‥な、なにか用ですか?」
「ん? いつもここにいるから、話しかけてみようと思って———植物が好きなの?」
眼球が腫れているせいだろうか。
鏡の破片をばら撒いたような陽射しの下、男子とおもしき姿が霞んでいる。瞼を細めても、目を見開いても、ぜんぜん見えないものだから、黙ってトマトに視線を戻した。
最初のコメントを投稿しよう!