徒花はプールサイドの夢を見る

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徒花はプールサイドの夢を見る

 季節は九月。  早秋の風が青い枝を揺らしている。  真っ青な空の下。入学当初から管理している花壇には、なんの弊害もなく育ったかのように、丸々としたトマトが実っていた。  無駄に咲いた花は剪定され、雨風を耐え凌いだものだけが実を結ぶ———その、残酷で美しいさまはに似ていると思う。  政治も社会情勢も礼儀作法も知らない、ただこの世に生まれ落ちただけの種が、地表を突き破って芽を出し、日光を求めて枝を伸ばす。  美しく素直なものもいれば、曲がったり傷を負ったりして、野生的に育つものもいる。  学校という牢獄で生きる私たちも同じ。  『生徒一人一人の個性を尊重します』パンフレットにあった校訓は教育者の妄想で『個性を持つ生徒は迫害されます』これが事実。  だから『人と上手く話せない』個性を持った私は、剪定を恐れる徒花みたいに、花たちから逃げている。  パチンっ。  大きなトマトを剪定鋏で切り取ると、思考も一緒に切れる。日光を浴びて赤々とした表面は、遠くで見た時よりも、ザラザラとして埃っぽい。  くるりと裏返すと、まるで瀬戸内 麻友(せとうち まゆ)に殴られた唇のように、はっきりとヒビが入っていた。 「ねぇ、きみ一年生だよね?」  突然、背後からテノールが聞こえる。  どうやら声の主は、包帯だらけの少女を前にしても動揺しないらしい。凛とした音に、眼帯をずらして振り返る。 「そう、ですけど‥‥な、なにか用ですか?」 「ん? いつもここにいるから、話しかけてみようと思って———植物が好きなの?」  眼球が腫れているせいだろうか。  鏡の破片をばら撒いたような陽射しの下、男子とおもしき姿が霞んでいる。瞼を細めても、目を見開いても、ぜんぜん見えないものだから、黙ってトマトに視線を戻した。
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