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心臓
蝶子はベルトで菊川の両腕を縛り、仰向けに寝かせて、彼の乳首を舐めたり弄ったりする。菊川は身をよじらせて、甘ったるい声を漏らす。腕を縛られているため、思うように身体を動かせず熱を上手く逃がせない。しかし、そういった自由を奪われている状態がより一層菊川を興奮させた。
ふいに、蝶子の太ももに菊川の固くなったモノが当たった。その瞬間、蝶子の下腹部が疼いた。
「ねえ先生、挿入れたい?」
蝶子が耳元でそう囁くと、菊川は身体を震わせて「えっ」と口ごもる。蝶子がふざけて「先生」と呼ぶと、菊川はいつも恥ずかしそうに顔を赤くする。
「私のナカ、挿入れたい?」
蝶子は再度そう尋ねて、菊川の乳首を抓る。菊川は「うっ」と声を上げて、こくこくと頷いた。
「じゃあ、自分の口でおねだりして」
蝶子は指で菊川の唇をなぞる。すると、菊川は恥ずかしそうに視線を逸らして、唇を噛みしめる。
「……い、挿入れたいです」
菊川は消え入りそうな声で言う。
「どこに挿入れたいの?」
蝶子は菊川の太ももに、股を擦り付ける。――もう我慢できない。
「――っ、ち、蝶子さんの、ナカに、挿入れたいです……」
菊川はかろうじて聞き取れる声で言う。その言葉を聞いた蝶子は、満足げに微笑んで菊川の頭を撫でた。
「菊川さん、今日はいっぱいおねだりして。私、菊川さんに悦んでほしいの」
蝶子の言葉に、菊川は小さく頷く。
蝶子は下着を脱いで菊川の上に跨り、ゆっくりと腰を落としていく。蝶子は上半身を仰け反らせながら、淫靡な声を上げる。本当は、蝶子も欲しくてたまらなかった。早く挿入してほしかった。やっと訪れた快楽に、蝶子ははしたなく腰を振る。
蝶子は右手で菊川の乳首を弄り、左手で自分の乳房を揉んだ。そして、蝶子は切羽詰まった表情をして、震える手で菊川の両腕を縛ってるベルトを解く。
「――触って」
蝶子は菊川の両手を持って、自身の乳房に添える。菊川は蝶子に言われるまま、優しく彼女の胸を揉みしだいた。そして、菊川は上体を起こして、吸い寄せられるように蝶子の右の乳首に舌を這わせ、空いた左手の指で陰核を擦り始める。
「あぁっ、だめ――」
蝶子は一気に押し寄せた快楽によって、あっけなく果ててしまった。そして、蝶子が膣を締めつけたことにより、菊川も搾り取られるように絶頂に達した。
二人は抱きしめ合い、肩で息をする。
「蝶子さん……、すごくきれい、かわいい……。好き、大好き……」
菊川は蝶子の胸の中で、うわ言のように呟く。蝶子は「うん、うん」と頷きながら、菊川の頭を優しく撫でた。
「蝶子さん」
菊川は甘えるように、頭をぐりぐりと蝶子の胸に押し付ける。
「――ころして」
突然、菊川はか細い声でそう言った。子供が甘えるような仕草とはかけ離れた言葉に、蝶子は背筋が凍り、撫でていた手を止める。菊川は顔を蝶子の胸元から離し、下から彼女の顔を覗き込む。菊川の目は、潤んでいた。
菊川は自身に付けられている首輪を外すと、蝶子の両手を優しく掴んで、ゆっくりと自分の首に添えさせる。蝶子は息を呑んだ。
「僕、蝶子さんに、殺されたい……」
おもちゃを強請る子供のような顔で、菊川は懇願する。
蝶子の手が震えた。しかし、それは恐怖や嫌悪感によるものではない。あまりにも不憫だったからだ。
恋人になってほしい。他の男に会わないで、自分だけのものになってほしい――。好きな女に対して頼むことなど、もっと他にいくらでもある。菊川も、本当はこういったことを望んでいるはずだ。しかし、菊川はそれが言えない。なぜなら、蝶子に嫌われたくないからだ。その結果、出た望みが「蝶子に殺されること」だ。蝶子に嫌われるくらいならば、殺されたい。今この幸せを感じたまま、蝶子に首絞められて殺されたい。菊川の望みが、蝶子にも伝わってきた。
自分のようなふしだらな女を愛してしまったばっかりに、歪んだ願望を持ってしまった菊川を、蝶子は不憫に思った。そして、罪悪感を抱いた。菊川のことを想うのならば、彼の気持ちに応えてあげるべきだろう。しかし、他の男たちとの関係を切ってでも、菊川のことを真剣に愛せるほど、蝶子は誠実な人間ではない。
蝶子はジッと菊川の目を見つめる。その目はあまりにも無垢で幼く見えた。
蝶子は両手に力を籠めず、ゆっくりと上へと滑らせ、菊川の頬を包んだ。そして、優しく触れるだけのキスをして、押し倒した。
「ごめんね、菊川さん」
困ったような顔をして、蝶子は言う。菊川は悲しそうな顔で、視線を逸らした。
「……その代わり、死ぬほどイかせてあげるから」
「――っ、ちょうこ、さん……。また、イく――」
蝶子の両足を抱えた菊川は彼女のナカで達し、蝶子も何度目か分からない絶頂を迎えた。
あれから何時間経ったか分からない。菊川は何度も「もう一回」と強請り、体位を変えては挿入し、合わせて六回も射精した。蝶子はそれよりも多く果てており、もはや意識が朦朧としている。疲れ果てて身体はぐったりとベッドに沈んでいるのに、いつもよりも敏感になって、少しの刺激でビクビクと痙攣する。
しかし、菊川は全くバテる様子がない。いつもは多くても二回で終えているので気づかなかったが、菊川が結構な絶倫であることを蝶子は初めて知った。
「蝶子さん、可愛い……」
菊川は愛おしそうに蝶子の頬に何度も口付ける。蝶子はそれだけで、身体が反応してしまう。
流石に終わったか――、そう思っていた。
「蝶子さん、もう一回――」
甘えるような声で強請る菊川に、蝶子は愕然とした。流石に身体が限界だ。
「……ごめん、もう無理。……ギブ」
掠れた声で、弱々しく言う。
菊川はハッと正気を取り戻したような様子で、「ごめん」と謝った。
菊川に頼んで冷蔵庫に入っている水を持ってきてもらい、蝶子はそれをごくごくと飲んだ。
「ごめん、蝶子さん……。調子に乗っちゃって……」
菊川は身体を小さく丸めて正座している。
「いや、いいよ。私も菊川さんのことナメてた……」
蝶子は危うく自分が死ぬところだったと思った。
「菊川さんって、結構絶倫なんだね。初めて知った」
「……僕も、あんなにヤったのは初めて……。びっくりしてる」
菊川は恥ずかしそうに顔を俯かせる。蝶子は「あはは」と声を上げて笑った。
「お風呂、入る?」
「うん、ちょっと休んだら入る」
「じゃあ、お湯溜めてくるね」
菊川はそう言って、テーブルに置いていた眼鏡を掛けると浴室へ向かった。蝶子はその背中を目で追いながら、「菊川さんは良い人だな」と改めて考える。
――ころして。
蝶子は菊川の言葉を反芻する。
あの時、蝶子が菊川の望み通りに首を締め上げていたのならば、彼は今よりも幸せだったのだろうか。そもそも、蝶子のような女でなく、もっと誠実な相手を愛していたのならば、菊川は幸せになれたのだろうか。いや、「嫌われたくない」という願望はどんな相手だったとしても付き纏うだろう。つまり、蝶子が一途な女だったとしても菊川の願いは変わらない。
蝶子は思案するのを止めた。
浴室から水の流れる音が聞こえる。
ふと「今何時だ?」と思い、蝶子は重たい身体を起こしてベッドの下に落ちているバッグからスマホを取り出する。時刻を確認すると、すでに日付が変わっており、三時を過ぎていた。いつの間にか年越しをしていた。
蝶子が顔を上げると、浴室から戻ってきた菊川と目が合った。
「お誕生日、おめでとう」
蝶子がそう言うと、菊川は目を丸くさせる。そして、すぐに泣きそうな顔をして、蝶子の元に駆け寄って抱きしめた。
「……ありがとう。嬉しい」
蝶子は「ふふっ」と微笑んで、菊川の背中に手を回した。
「これ、気に入った?」
蝶子はベッドの上に転がっている首輪を拾い上げて尋ねる。菊川は「あっ……」と言って、一瞬だけ目を伏せた。
「うん、すごく興奮した」
菊川は蝶子の目を見て、微笑んだ。
「ほんと?良かった。じゃあ、今度からもこれ付けてシようよ」
「うん」
「……今度からは、勝手に外しちゃだめだよ」
「……うん」
菊川は唇を噛みしめて俯いた。
室内が静寂に包まれる。
「……実はね、もう一つプレゼントがあるの」
そう言って蝶子はバッグから、包装紙に包まれた小さな箱を取り出す。それを菊川に手渡した。
「開けてみて」
菊川は包装紙を外し、箱を開けた。中には、鍵が入っていた。菊川はそれを見て小首を傾げる。
「うちの合鍵。いつでも遊びに来ていいよ」
蝶子の言葉に、菊川は口をあんぐりと開ける。しばらく放心状態になった後、無邪気な笑みを見せた。
「ありがとう、蝶子さん」
ちなみに、この合鍵を用意するにあたって、よく蝶子の自宅にアポなしでやって来る藤間には釘を刺しておいた。痛い目に遭いたくなければ、勝手に家に来るな。菊川と藤間が鉢合わせれば、とんでもないことが起きてしまうのではないかと蝶子は危惧している。
蝶子は、嬉しそうに笑う菊川の顔を見て安堵した。
「菊川さん、今幸せ?」
「うん、……このまま死にたいくらい幸せ」
菊川は、一片の曇りもない笑顔でそう答えた。蝶子は悲しそうに眉を八の字にする。
「……そんなこと言わないで。菊川さんが死んじゃったら、寂しいよ」
蝶子は菊川の手を握りしめた。本当に死んでしまうのではないかと不安になる。菊川は蝶子が不安げな顔をしていることに気づき、「ごめん」と謝った。
「大丈夫だよ、蝶子さん。僕、勝手に死んだりしないから」
菊川は、蝶子と見つめ合った。そして、優しく微笑む。
「僕の心臓は、蝶子さんのものだから――」
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