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愛玩
大晦日――菊川の誕生日前夜、蝶子は約束通り、彼と一晩過ごすことにした。蝶子のマンションの前で菊川の車に乗り込み、いつも行くラブホテルへ向かった。
「あれ?菊川さんって、いくつになるっけ?」
信号待ちをしている時、蝶子は運転席の菊川のほうを見て尋ねた。
「……さ、三十二」
菊川は顔を少しだけ助手席の蝶子のほうに向けて、目を伏せて答えた。菊川は未だに、蝶子の目を見て話すことができない。
「えっ!?もう少し若いと思ってた……」
蝶子は菊川と九つも歳が離れていることに、改めて驚く。思い返せば、出会った頃に「二十八歳」と聞いていた。あれから四年が経とうとしていることに気づいて、蝶子は再度驚いた。
菊川は普段の落ち着いた雰囲気だと年相応か、もう少し上くらいに感じる。しかし、裸眼の状態で蝶子に甘える姿は実年齢よりずっと幼く感じる。もっと言えば、蝶子は彼のことを自分より年下だと感じることさえある。
「ふふっ、もうすっかり、おじさん……」
菊川ははにかみながら、自虐的に言う。
「そんなことないよ。まだまだ若いって。……年下の私に言われても、説得力ないだろうけど」
蝶子がそう言うと、菊川は「ははっ」と笑った。
最近、菊川は以前よりもよく笑うようになったと、蝶子は感じている。
大晦日の影響なのか、ホテルはいつもより空いていた。
二人でソファに腰かけると、蝶子のほうからキスをした。菊川の頭を両手で掴んで舌を絡めると、それだけで彼はビクビクと身体を震わせる。
「――っ、ちょう、こ、さん」
唇を放すと、菊川は蕩けた瞳で蝶子を見つめる。
「実はね、菊川さんのために色々買ってきたんだ」
蝶子は妖しげに笑うと、いつもよりもパンパンに膨らんだトートバッグを探り始める。
初めに取り出したのは、――首輪だった。
黒い革製で、幅が太く、銀色のチェーンリードも付いている。
それを見た瞬間、菊川は顔を赤くして息を呑んだ。
「……こういうのは嫌?」
蝶子は念のために尋ねた。すると、菊川は首を横に振る。
「付けてあげるね」
蝶子は菊川の首を絞めてしまわないように、ゆっくりとした手つきで首輪を装着させる。
蝶子は首輪を指先でなぞり、リードをゆっくりと握りしめ、グッと力強く引っ張った。菊川の首が引っ張られ、「あっ」という声を漏らしながら前屈みになる。蝶子の耳に、彼の荒い息遣いが聞こえる。
「やっぱり、黒にして良かった。すごく似合ってるよ」
蝶子は菊川の頭を優しく撫でる。菊川はビクッと身体を震わせ、恥ずかしそうに俯いてしまう。
「何で下向くの?こっち見て」
蝶子はまたリードを引っ張る。
菊川は反射的に「ごめんなさい」と言って、顔を上げる。しかし、一瞬だけ蝶子の目を見たかと思うと、すぐに目を伏せてしまった。
「何で言うこと聞けないの?ちゃんと私の目を見て」
今度はリードを持っている反対の手で、胸ぐらを掴むような形で首輪を掴んだ。
「――っ、ご、ごめんなさい」
菊川は恐る恐る蝶子の目を見る。すると、蝶子は満足げに微笑んで「いい子だね」と言って口付ける。菊川は嬉しそうに喉を鳴らした。
蝶子はシャツの裾から手を滑り込ませ、菊川のわき腹から胸までを指先でなぞった。菊川の身体は既に鳥肌が立っており、胸の先も勃起している。
「まだキスしかしてないのに……。ほんと、敏感だね」
蝶子はくすくすと笑い、菊川は恥ずかしそうに唇を噛みしめて身体を震わせた。
「菊川さんはさ、アナルとか興味ない?」
蝶子はそう尋ねると、菊川は顔を真っ赤にして「あ、の……」と口ごもりながら、目を泳がせる。蝶子は彼のあからさまな反応を見て、「おや?」と思った。
「あれ?もしかして経験済み?」
すると、菊川は唇を噛みしめながら小さく頷いた。
「なーんだ。そういうのが好きなら言ってくれればいいのに」
蝶子は新しいことにチャレンジすれば、菊川が悦ぶのではないかと思った。しかし、経験済みと知って落胆する。
「……き、嫌われると、思って」
「まだそんなこと言ってるの?菊川さんがドMの変態なのは、前から知ってるし」
蝶子は呆れてため息を吐く。菊川はばつが悪そうに、襟足を掻いた。
菊川は未だに自ら「こういうプレイがしたい」などと強請ることがない。いつも蝶子に嫌われたくないと言って、彼女の顔色を窺う。その一方で、性に奔放な蝶子は、菊川ともっと面白いことがしたいと思っている。
「ネットでやり方とか調べたけど、上手くできないかも……。それでもいい?」
「う、うん」
菊川は全裸になると、ベッドの上で四つん這いになった。蝶子も服を脱いで、下着姿になった。蝶子は手にローションを馴染ませ、菊川の後孔に中指をゆっくりと挿入する。
「大丈夫?」
「――ぁ……っ、だ、大丈夫」
菊川は気持ち良さそうに声を漏らしながら、ビクビクと痙攣する。アナルへの挿入は痛いというイメージを持っている蝶子は、予想外に良い反応をされて驚く。
「誰に開発してもらったの?昔の彼女?」
「――ぅ、お、おみせ、の、ひと……」
菊川はシーツに顔を埋めた状態で、息も絶え絶えの状態で答える。その声はくぐもって聞こえた。
「へえ、菊川さんって、やっぱりそういうお店行くんだね」
「ち、ちょうこ、さんに、んっ――、あってから、いちども――、行って、ない――」
菊川は少し食い気味に言う。彼の言葉が真実であることは、蝶子にも分かった。
「別に、私、そんなの気にしないのに……」
蝶子にとって、菊川は遊び相手の一人でしかない。そんな相手が風俗に行こうが、他の女と遊ぼうがどうだっていい。しかし、菊川は蝶子のことを唯一無二の主人であるかのように振る舞う。まるで忠犬そのものだ。蝶子はそれが申し訳なくて仕方ない。罪滅ぼしも兼ねて、蝶子は菊川を悦ばせたいと改めて思った。
蝶子はゆっくりと指を抜き差しする。
「――あっ、うぁ」
菊川はシーツを握りしめて、女のように喘ぐ。奥に進んでいくと、ぎゅっと指を締め付けた。どんどんナカが熱くなっていく。
無意識なのか、蝶子の指に擦り付けるように腰を動かす。蝶子には、その様子が物足りないというふうに受け取れた。
二本目の指も挿入して、後孔がしっかりと解れていることを確認すると、蝶子は指を抜いた。
そして、――バッグからペニスバンドを取り出した。
菊川はそれを見た瞬間、顔を上気させて息を荒げる。
「痛かったら、ちゃんと言ってね」
蝶子はそう言って菊川の頭を撫でる。
「――は、はい……」
菊川は大きく頷いた。
蝶子が菊川の腰を両手で持つと、彼はごくりと息を呑んだ。ゆっくりと挿入すると、菊川は呻き声を上げながら海老反りになる。そして、すぐに倒れ込んで、シーツに顔を埋めながら「あぁっ」と声を上げる。
「気持ちいい?」
「――きっ、きもちぃ、きもちいですっ」
菊川は強請るように腰を揺らす。
「焦らないで」と、蝶子はあやすように優しい口調で言う。
蝶子は首輪のリードを再び握りしめ、ゆっくりと後ろに引く。菊川は「うぐ」と、少し苦しそうな声を上げながら、蝶子に引っ張られるがまま上体を起こす。蝶子はリードを引いたまま、ゆっくりと腰を動かし始めた。菊川は再び身体を反らしながら、震え始める。
「前、自分で触って」
蝶子は菊川の尻を撫でながら優しい口調で命じる。しかし、菊川は喘ぐばかりで従おうとしない。
それを見た蝶子は、バシッと尻を思いっきり叩いた。菊川は大きく身体を震わせて、「あぅっ」と鳴いた。
「ちゃんと自分で扱きなさい」
蝶子は語気を強めた。
「ご、ごめんなさい――、ごめんなさい――」
菊川は言われた通り、自らの手で性器を擦り始める。
蝶子はリードを握りしめたまま、激しく腰を動かし始めた。蝶子の腰の動きが激しくなるにつれて、菊川の声も大きくなっていき、悲鳴に近い声が室内に響く。蝶子は時折菊川の尻を叩いて、彼の反応を楽しんだ。
「――あ゛っ、ちょ――、うぅ、っ、ちょうこ、さん――」
菊川は何度も蝶子の名を呼ぶ。
自分よりも十センチ以上背が高く、細身ではあるが骨格もがっしりとしている年上の男を、後ろから犯している様に、蝶子は少し不思議な気持ちになった。
ペニスバンドによるアナルセックスで、蝶子の身体が快感を得ることはない。しかし、菊川の気持ち良さそうな反応だけで満たされた。菊川が悦んでいるところが見たい。もっと気持ち良くさせたい。
しかし、それは恋愛感情によるものではない。どちらかと言うと愛玩に近い感情だった。つまり、犬を愛でているのと変わらない。蝶子は菊川のことを、大きな犬だと認識するようになっていた。
「可愛い」
蝶子は後ろから菊川を抱きしめながら、彼の頭を撫でた。そして、頭を撫でているのとは反対の手で乳首を抓る。菊川の反応が大きくなった。
「乳首、虐められるの好き?」
「――んっ、すきっ、――すきですっ」
「……可愛いよ、菊川さん。もっと虐めてあげるね」
蝶子は素直な反応を見せる菊川が可愛くて仕方なかった。首筋に舌を這わせ、激しく腰を打ち付ける。すると、菊川はさらに息を荒げる。
「い、イくっ――」
菊川は、身体を仰け反らせながら射精した。
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