■5.終結への祈り

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■5.終結への祈り

◆引き受ける覚悟 「……今、我々は、爆雷攻撃を受けた! 戦争の火ぶたは、切って落とされた。我が軍の誇りを見せようではないか!  核魚雷用意!」 「ボロディン艦長! 私は、反対です! 今、我々は爆雷攻撃を再度受けるのを避けるため、深い場所を航行しています。それで、情報が途絶し、外部の状況がわかりません! 本当に、開戦したのかどうか、今の我々には確認できません! このような状況で、軽々しく核の使用など、絶対にやめるべきです!」 「 副艦長! 戦争は始まった。この艦の損傷では、これ以上の、長距離潜水航行は無理だ! 一矢報いて、最後の誇りを見せるべきだ! 「 ダメです!  この一隻の潜水艦が、世界の命運を握っているかもしれないのです! 浮上して、戦闘の意志が無いことを、向こうに示すべきです!」 「しかし!」 「 この状況での発射は絶対に、やめるべきです! 全面核戦争になれば、世界が終わります。 私は、世界の終わる日に立ち会いたくありません! それを回避できるなら、どんな屈辱であろうと引き受ける覚悟です!」  副艦長と呼ばれた男が、艦長を説得して、潜水艦は、包囲していた敵の艦隊の真ん中に浮上し、白旗を掲げて戦闘の意志が無い事を伝えた。戦闘の意志の無いことが、確認されると、潜水艦は解放されて、その海域を離れていった。 このあとも、必死に人々は、戦争回避のために、奔走していた。 「 再び、シェーキン首相に書簡を送ってくれ。今から言うので口述してくれ。 ・ミサイル基地建設の中止 ・攻撃型ミサイルの撤去 ・国連の査察団受け入れ  この三つの条件が、容れられれば、我が国は、海上隔離を解き、空爆・侵攻しないことを確約します。  私はあなたからの十月二六日付けの書簡を大変注意深く読み、この問題への早急な解決を願う熱意が述べられていたことを歓迎します。書簡で示された線に沿って、解決に向けた取り組みを、この週末に国連事務総長代行の下で作成するように指示しました……」 ◆ 首相の決断  また、別の場面が映った。また、あっちの国の方だ。 「 本当に、偵察機を撃墜したのか?」 「 間違いありません!」 「 大統領官邸の動きは?」 「 大統領が、三〇日の朝に新たに声明を発表する可能性が高いという情報が……それから……」 「それから? まだあるのか?」 『戦術核を使ってでも、大国の横暴を許してはならない。絶対に退いてはならない』と、あの革命家が……書簡を送ってきました」 「軽々しく核を使え? 正気か? 若僧が!  核は、あくまで外交のカードだ!  使用すれば、核攻撃の応酬になり、世界が終わる。 あの男は、その程度の政治的判断もできない馬鹿なのか? あの男の国にミサイルを預けるべきではなかった!  事態が制御不能に陥いりつつある。 私は、こんなことで、世界の終わる日に立ち会いたくない! 大統領からの書簡が来ていたな…… 大統領官邸に、三つの条件を承諾する書簡を送る。 いや……前回は、書簡の送付に手間取った。 手間取っている間に、また、偶発的な事故が起きる可能性がある。ラジオ放送で、すぐに声明を発表する……」  ノイズのたくさん入ったラジオの声が聞こえた。 「…………この声明は嘘ではないですよね……」 「ああ……確かに、基地建設の中止、国連査察団の受け入れ、そして、ミサイル撤去に合意する、と……」  会議室の男の一人が、大きくため息をついて、座り込んだ。 「世界は救われた……」 「 ……我らは、世界の終わる日に立ち会わずに……済んだ……」  もう一人の男も、大きく息をついて座り込んだ。 ◆ 人間の愚かさと気高さ  私は我に返った。水晶玉は、光るのをやめていた。 「 ガラーホワさん、私は、いったい何を見たの? ガラーホワさんは、澄んだ瞳で、私を優しく眺めながら言った。 「人間の愚かさと気高さ……かな?」 ◆ 終結への祈り 私は、高校生の頃の水晶玉の話を終えると、改めて現在のガラーホワさんに話しかけた。 「そのあと、ガラーホワさん言いましたよね。核魚雷を絶対に発射させなかった『副艦長』は、私の曽祖父だ。彼は、何の勇ましい名前も残さなかった。これは、影の歴史だ。でも、私は、彼のことを心の底から誇りに思っている。 愚かな人もいっぱいいる。人は愚かな間違いを起こす。けれど、少しでも世の中を平和にしたい、良くしたいと思って頑張っているもたくさんいる。自分が間違っていたことに気付き、違う選択をしようとする人々もいる。 いろんな気が滅入る事件が起きているから、気持ちはわかる。でも、そんなに、人間を悪く言わないでほしい。絶望しないで欲しいって……」 「そうね……」 「でも、今回のこと……あの………………ガラーホワさんは本当に強いし、今も、何でもない顔してるけど……その……」 ガラーホワさんの目が少し大きくなった。 「 アヤちゃん……………あなた……それでわざわざ…」 「ガラーホワさんは、今回のことで、どんな気持ちだろうって思うと、たまらなくなって…… みんな、あんまりのことで、ガラーホワさんに話しかけないみたいだし……中には心無い客が、ガラーホワさんに嫌がらせをする事もあるって聞きました。戦争やってる国と同じ国籍だっていうだけで…… ……あたしには、なんにもできないんだけど、でも……ガラーホワさん……」  ガラーホワさんの目から涙が溢れて、彼女は手で顔を覆って……嗚咽しはじめた。  あたしは、立ち上がり、生まれて初めて、泣いている人を自分から抱きしめた。どうしようもなく乱暴な気持ちになっていた、あたしにガラーホワさんは、本当に親切にしてくれた。  何もできないけど……何もできないけど……  彼女は、背が高いから、下から抱きあげるような感じになったが、彼女は、子どものように泣き続けて、あたしを抱きしめ返した。 「戦争、本当に早く終わってほしいですね……」  あたしは、ガラーホワさんの背中をさすりながら言った。 「そうね…………」
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