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「……旦那様、は」
彼女の形のいい唇が、そんな言葉を口にした。
……なんと、言われるのだろうか。柄にもなく、胸の奥がざわめく。
(シェリルはアネットとは、違うのにな……)
そう思っても、一度ついた傷はそう簡単には消えないらしかった。どうやら、俺は自分でも思っている以上にアネットのことを引きずっているらしい。
それを、否応なしに自覚させられる。
息を呑んだ。瞬間、視界に入ったシェリルの表情はとても真面目なもので。
「旦那様は、つまらないお方などではありません」
はっきりと、彼女の口がそう言葉を紡ぎ出した。
「私は、旦那様がとても素晴らしいお方だと思っております。……辺境伯としても、男性としても。とても、その……」
しどろもどろになるシェリルの頬が、赤い。
その姿が何だかとても可愛らしい。そう、思った。
(本当に、年甲斐にもなく恋に溺れるなんてな……)
心の中でそう思いつつ、シェリルを見つめる。仄かに赤くなった目元に、視線を奪われた。
「とても、魅力的だと、思います」
……シェリルのその言葉に、俺の中の何かが消えていく。
「アネット様がどう思おうが、どうおっしゃろうが。私のその気持ちは、変わりません」
「……シェリル」
「私は、何が何でも旦那様を好いております」
そう言ったシェリルは、やっぱり強かった。俺のほうがずっと弱いのだと、自覚させられる。
でも、こういうのもいいのかもしれない、なんて。
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