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ただ俯き、溢れ出てきそうになる涙をこらえる。
実家にいた頃は、泣いたことなど滅多になかった。なのに、ここに来てから私は泣いてばかりだ。
……弱くなったのか。はたまた、幸せを覚えてしまったからなのか。
(いいえ、それはとてもいいことのはずよ。感情を殺さずに生きていいと言うことだもの)
自分自身にそう言い聞かせつつ、私は顔を上げ、アネット様を見つめた。
彼女は、その真っ赤な目をぱちぱちと瞬かせる。しかし、すぐににんまりと笑われた。形のいい唇が、露骨に歪められる。
「あぁ、財産目当てなのね」
「……え?」
アネット様のお言葉に、今度は私がきょとんとする番だった。
「ど、どういう……」
「だって、そうじゃない」
どういう意味なのか。そう問いかけようとしたものの、アネット様はうんうんと頷く。
そして、自身の手をパンっとたたいていた。
「貴女みたいな年若い娘が、三十を過ぎた男に嫁ぐなんて、そうじゃないと考えられないものね」
まるで決めつけたみたいだった。私は本気で旦那様のことを好いている。だからなのか、そう言われたことにカチンとくる。
でも、アネット様は私に反論は許さないとばかりにぺらぺらとお話を始めた。
「だけど、残念ね。若さで取り入ったのならば、無駄よ。だってそうじゃない、年齢を重ねれば若さは失われる。それすなわち、捨てられるということよ。それとも、自身の子を次期辺境伯にでもするつもりなの?」
「ち、ちがっ……」
「違わないわよ。リスター伯爵家の親族がそれを許すとは思えないもの」
ゆるゆると首を横に振って、アネット様は挑発的に私のことを見つめてきた。……ずきん。確かに、心が痛んだ。
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