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「たった一人で、王国の土をなんとか出来るわけがない。……いや、出来たとしても」
「……最悪の場合は、死に至りますからね」
俺が口に出さなかったことを、サイラスはあっさりと口に出した。
それに若干腹が立ったが、実際それは間違いではないのだ。……負荷がかかりすぎれば、『豊穣の巫女』は亡くなってしまう。そんなこと、あってはならないのに。
「それが名誉の死だとしても、俺はシェリルを失いたくないんだ」
それは、間違いない心からの気持ち。ようやく出会えた最愛の女性。彼女を失うくらいならば……俺はこの財を切る方がいい。自分の財を削ってでも、一時しのぎの肥料を手配する方がいい。
「けれどな、領主としてそれは失格なんだよな」
「……旦那様」
「いや、忘れてくれ」
自分の感情と、王国の未来。どちらが大切なのかは、手に取るようにわかる。
「あいつなら、そんな無茶はしてこないだろう。……だが、どうしても、な」
現在の王太子と俺は、いわば旧友、悪友だ。俺が一時期王都に滞在していたときに知り合って、あれ以来手紙のやり取りをしている。あいつは口は悪いがしっかりと民たちのことを見ている。……口は、とんでもなく悪いけれどな。
「……旦那様」
「どうした」
不意にサイラスが真面目な声音で声をかけてくる。そのため、俺はそちらに視線を向ける。すると、サイラスはこほんと咳払いをした。
「旦那様の感情も、分からなくはありません」
「……あぁ」
「領主としての使命との板挟みになる気持ちも、分かります」
……一体、何が言いたいんだ?
心の中でそう思っていれば、サイラスは真剣な視線で俺を見つめてきた。
「でしたら、その双方を守る方法を、考えればよろしいのでは?」
「……はぁ?」
「王国の土を改善し、かつ奥様の命を守る方法。それを、考えればよろしいのでは?」
「それが出来ていたら、とっくの昔に……!」
そうだ。それが出来ているのならば、俺はとっくの昔に行動している。出来ていないから、今に至っているわけであって……。
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