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「サイラスさん!」
「どうしました?」
彼はサイラスのことを大声で呼ぶ。対するサイラスは、表情を引き締めると従者の彼に向き直っていた。
「そ、それが……来客、なのですが」
「そんな予定、本日はありませんよね?」
サイラスの言葉は正しい。客人が来る場合、一応夫人である私に連絡が来るようになっていた。そんな連絡は、今のところない。
「えぇ、それは間違いありません。……ただ、招かれざる客、というものでして。アポなしで……」
従者はしどろもどろになっている。それを見たためなのか、サイラスの眉間のしわもどんどん深くなる。
……このままだと、埒が明かない。
「ねぇ、アポなしと聞いたけれど、どういうお方なの?」
時折貴族のお屋敷には商人が商売をしに来る。もしかしたら、その類なのかも――と思って、私が従者に言葉を求めたときだった。
ふと、誰かの足音が聞こえてきた。
(……女の人?)
ヒールの音らしき音が、聞こえてくる。……女の人が、いきなり訪ねてきたということなのだろう。
何となく、嫌な予感がする。心の中でそう思いつつ足音の方向に視線を向ければ――そこには、三十代くらいに見える女性が、いた。
「あら、知らない小娘がいるわ」
彼女は、私を見て目元を細める。何とも嫌な笑い方。
「……アネット様、ではありませんか」
「久しぶりね、サイラス。……あなたは何も変わっちゃいないのね」
ころころと笑う彼女。……サイラスが呼んだアネットという名前。
確かに、聞き覚えがあった。
だって、それは――旦那様の、元婚約者のお名前だったから。
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