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「……あの、旦那様、お忙しいのであれば、無理はなさらないでください」
「……いや、その」
少しだけ小首をかしげてそう声をかければ、旦那様が狼狽えてしまわれる。
……結婚してしばらく経ったけれど、このお方は私を直視されないことがある。その頬が真っ赤に染まっているのを見ると、嫌われていないというのはわかるのだけれど。
「私は旦那様と一緒に暮らせるだけで、幸せですから。……なので、ご無理はされないでくださいませ」
自分の気持ちを素直にそう伝えれば、クレアとマリンが私の後ろでひそひそと会話を始めていた。
「旦那様ったら、奥様のお気持ちを無視されるつもりなんですねぇ」
「なんて最低なのかしらー」
「本当に、ヘタレが治ったかと思えば今度は最低な人なんて……」
「いつか奥様に愛想を尽かされても知りませんわー」
……わざとらしい言葉だった。ついでに言うと、しっかりと聞こえるように割と大きめの声で会話をする二人。
なんというか、旦那様が可哀想になってしまう。
「……おい、クレア、マリン」
「わぁ、私たちに矛先が向きましたよ!」
「怖いですー」
クレアとマリンはそう言ったかと思うと、サイラスの後ろにわざとらしく隠れた。
……完全に、旦那様は二人に遊ばれている。まぁ、主で遊べるということは、それほどまでにいい職場環境ということなのだろうけれど。
「……で、どうなさるんですか、旦那様?」
クレアとマリンを後ろに従えながら、サイラスがそう言う。
そうすれば、旦那様は頭をガシガシと掻かれる。
「あぁ、もうっ! わかった、わかった! シェリルのダンスのレッスンに付き合うから……!」
「……ですが」
何となく旦那様が不憫に見えてしまったので、私はそう声をかけた。すると、マリンが私の側に早足で寄ってくる。
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