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君の好きな席
ああ、君はこの映画館の一番後ろの席が好きだった。この席だろう? 真ん中の、映写機の下のあたりさ。
今日は僕が座らせてもらうよ。
君は隣の特等席に。
なんでこんなスクリーンから遠い席が好きなのか尋ねたとき、君はこう言った。
この席からなら、映画だけではなくて座席に座る観客もみんな目に入る。あの名作で涙する様子や、恋愛映画を見ながら不器用に肩を寄せる恋人たち、画面の向こうの冒険に可愛らしくはしゃぐ子供たち。
すべてが目に入る。
それが好きだからこの席に座るの、と。
あのときの君の横顔は、僕の頭の中に写真のようにくっきりと残っているよ。
恥ずかしくて言っていなかったが、実は一目惚れだったんだ。知っていたかな。
けれどね。不思議なことに、君がどうしてこの席が好きかを教えてくれたとき、僕はたしかに二度目の恋に落ちていた。
ああ、この女性はそんな優しい目で世界をとらえて生きているのかと。
洋子、君のその目のなかに僕の姿も映してほしいと思ったんだ。
このときだけでなく、僕が考えもしなかった視点で、君は僕の世界をさあっと塗り替えてしまう人だったね。
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