淡雪の降る頃に

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珍しく雪の降る、寒い日。 学校から帰ってきて、制服のままベッドの上でジャンプの新刊を読んでたら、携帯が軽快な通知音を鳴らした。 誰だろ。 画面を見ると、恋人から。 テンションのパロメーターが急上昇する。 なんだろう。そういや初めて会った日記念日だったな。 トーク画面を速攻で開いてみると、一本の動画が送られてきてた。 サムネイルを見る感じ、海?を背景にしてあるのかな。 今日卸したっていうマフラーを着けてるから、きっと今撮ったんだ。 冬の海は寒いだろうに。まあ梨花海好きだからな。 いつの間にか再生ボタンを、指先が勝手に押していた。 「んー、っと、あの、先に言っとく。笑わないでね。それか笑うにしても爆笑でお願い。今の段階で私照れすぎて死にそう。」 「あー、………こういうメッセージ撮るのってやっぱちょっと照れくさいんだけど、今日、なんの日かわかる?」 「………ブッブー!不正解!!って、なかなか恥ずかしいなこれ………正解は、私と君が初めて会った日、だよ!!!今からジャスト3年前、私達は運命の邂逅を果たしたってわけ!!!」 「いやぁ、長い年月が経ちましたよねぇ。中学2年生の、冬休み明け、かな?転校してきた私への第一声が、『あれ、知らない人がいる。』って。今でも覚えてる。まあ道間違えて第1講義室にいた私が悪いんだけどねー。まさか楓さんの昼寝場所だとは知らなくて。」 「あ、そんな話をしたいわけじゃないんだった。」 「あの、今日は、感謝を伝えたくて、ですね、こんなメッセージ送ってるんだけど。あの、私達って、一応、その、付き合ってるわけじゃないですか。」 「色んな意味で紆余曲折ありまくりだったけど、まあなかなかに私は君が好きなんだよ。まあ告ったの楓だったし、楓ってやっぱ前から私のこと好き好き言ってたじゃん。まあ?なんか君、こいつはほんとに自分のことが好きなのだろうか……無理させてないかな……?みたいな馬鹿なこと考えてヘラってたりしてたけど。そういうのも結構可愛かった、っていうか。」 「まあ、相当好きだったんだよ、っていうか最初の方はマジで恋愛面の関係性なんて考えてもみなかったから、付き合うってなるとなかなか……みたいなときもあったけど、やっぱさ、だんだん好きになっていっちゃったんだよ。楓私のこと好きすぎて。好きになるしか無いじゃん。」 「告られたのって会ってから大体1年くらいのタイミングだったけどさ。まあ色々あったじゃん。付き合ったこと周りに言うかどうするか、とか、結局言わないことになったけど。ごめんね。言う勇気なくて。」 「でも、なんか、どっかからバレてたみたいで、さ。」 「………これは、絶対楓の耳に入れないようにしてたんだ。まあこのことは君のせいじゃないし、もちろん私のせいでもないんだけど、やっぱ、そういうのって、すぐ広まっちゃうじゃん。どうしても、やっぱ周りも高校生だし、親に伝わるのも、まあ、しょうがないことだし。」 「…今ので勘づいちゃったかな?…君と、私の関係性が、その、ちょっと私の親御さんにバレてしまいまして、ね。今さっきまで、怒鳴り合いの大喧嘩してたんですわ。やっぱ、高校生だし、私達って……こんな感じじゃん。だから、………」 「まあ、だからって言うことは特にないんだけど、なんかちょっと、疲れてきちゃったのかな?なんていうんだろう。自分でもよくわかんないや。失望、っていうか、落胆っていうか、なんだろう。もういいやってなっちゃったっていうか、こんなんなら、いっそ……終わらせちゃうか、ってなっちゃったって言いますか。」 「あーあ、国語学年7位にもこの感情は言語化できないんだよ。なんて無念。」 嫌な予感がした。 背景のこの海は、きっと近くの浜辺のはず。 浜辺のレストランがチラチラ映ってるから。 スマホにイヤホンをつなげて、自転車の鍵をキースタンドからもぎ取って、自転車は壊れてなかったよな。頼むぞ…。 くそ、この動画が今さっき撮られたものだと信じたい。撮ったばっかりで、送ってきたやつなんだろう。きっとそうだ。そうであってくれ。 「まあとりあえず、その。感謝を伝えとこうと思って。3年分だけじゃない、いっぱいの感謝。私にいろんなことを教えてくれて、色んな意味で私の人生を変えてくれて、私より私を愛してくれた。まあ、楓が私に感じてるのの、多分もっと多くの大好きを、私は君に持ってると思うけどね。気づいてた?」 「だから、この動画を撮ってます。感謝と愛をどうしても伝えたくって。」 「今まで、ありがとう。私がいなくなった世界でも、きっとあなたは輝き続けるから。たくさんの幸せを周りに振りまいて………たくさん愛して、素敵な人生を送ってほしい。………泣く予定はなかったんだけどな………ふふ、悲しいんじゃないよ。淋しいの。もう会えないのかぁって思ったら………うわぁ、ごめん。涙止まらない。っ、できれば私のことは忘れてほしい。あ、でも、昔、凄く好きだった女がいてさ、って話を未来の彼女に言って、嫉妬させてほしい、かも。なんてね。」 「………もうそろそろ、終わりにしようかな。じゃあ、ばいばい。愛してるよ!!」 浜辺の砂は、自転車には向いてなくて。 途中から自転車は捨てて、走った。 冬の風が、薄いシャツの上から吹き付ける。 制服は、少し動きにくかった。 「梨花!!!!」 叫んでも何も返ってこない。小さな浜辺には誰もいなくて、ただ、そこにはレストランしかなくて。 「………!!!!!」 服のまんま、海に飛び込んだ。 奥の方、だいぶ岸から離れたところの、少し深いところ。そこに、ゆらゆらとした、黒い、長い、まるで、髪のような、 死ぬ気で泳いだ。 これほど水泳やっといてよかったと思ったことはなかった。 元々疲れやすいはずの体が、今だけは何も感じなくて、ただ、指先だけが熱くて、 掴んで、引っ張って。 「梨花!!!!!梨花!!!!!!!!」 彼女は、まだ、生きている、はず。 肋骨を折るくらいの勢いで、心肺蘇生法を行いながら、名前を叫び続けた。 彼女がいなくなったら。 きっと、私は息ができなくなってしまう。 「梨花!!!!!!!梨花!!!!!梨花!!!!!」 「ごほっ、ごはっっ」 「梨花!!!!!!」 水を吐いた。 生きている。 彼女は、まだ。 一通り、水を吐いて。 梨花は息が、できるようになって。 私は、ずっと梨花に、馬鹿って泣きながらしがみついてた。 「ふふ、ごめんね、」 「馬鹿!!女子同士だからって、誰に言われたからって、そんな、思い詰めることっ、ないだろ………!!!」 「いやぁ、死ねなかったなぁ………」 「私がっ!!!来なかったら!!!どう………!!!!馬鹿!!!!!」 「んふふ、ごめんって。まあでも、ごめんね…………私は、まだ、死にたいなぁ。」 「………梨花が死んだら、私はどうすれば…………!!」 「ごめんねぇ。でも、今しかないような気がするの。もう、これ以上はきついや。」 「…………付き合ったのが、だめだったの?別れたらいいの?そしたら、梨花は、」 「それこそ私が死んじゃうよ。」 「…………なにか方法は、ないの?」 「………ないね。」 「…………………」 「ごめんね。」 「………………じゃあ、一緒に死の。」 「っ、駄目!!!」 「でも、多分梨花が死んだら私も死ぬよ。」 「でも…!!」 「一緒に死んだら、ずっと一緒にいられる、でしょ?」 「でも……」 「私、梨花と一生一緒にいたいな…。離れたくなんかないよ。」 「…………楓。」 「一緒に逝こ。」 私が差し出した手を、梨花は手に取った。 冷たく冷え切った手。濡れて砂がついてしまった髪、寒さによって青白く染まってしまった顔。 それでも彼女は、綺麗だった。 冬の海は、冷たかった。 足先から感覚が消えて、まるでどこにでも行けるようなそんな気がする。 隣で手を繋いでる梨花に視線をやると、梨花もこっちを向いていた。 「梨花。」 「なに、って、もう!!」 「ふはっ、ぁあっ!何すんの!!」 「お返しっ!!!」 温かいこの辺では初めて見る、冬の海。 まるで、別の世界にいるような気がする。 冷たい冬の海が、神経を刺した。 だんだん上手く動かなくなる指先は、彼女もきっと同じだ。 雪が溶けていく海の中で、世界に2人だけ、そんな特別な気分になった。 死人のように白くなっていく指先。 動かなくなっていく体で、それでも梨花と2人、水遊びは続く。 寒いなんて感情は、湧いてこなかった。 これでいいんだ。 私達は、間違ってない。 2人で水を掛け合って火照りを海の冷たさで誤魔化しながら。 「愛してるよ」 って、言い合って、それで、 2人の少女は、永遠の愛を手に入れた。
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