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私は野球部のマネージャーの花岡さとみ。 ピッチャーの倉橋くんとキャッチャーの剛田くんが付き合っている事をこの前知った。 最近、二人の相性が悪かったのは、二年生の橘くんと剛田くんがバッテリーを組むようになってかららしい。剛田くんが橘くんと浮気をしているからだ。はっきりしない優柔不断な剛田くん。コイツのせいで、今野球部はピンチだ。 地区大会の決勝戦前なのに、顧問の先生にも相談できない私は、頭を抱えて悩んでいた。 「剛田のやつ、この前まで倉橋くんがやっぱりいいなって言ってたくせに、橘くんとちょこちょこ手を繋いで帰っているの見たわよ。もう、本当にはっきりしないんだから! あの二人じゃなきゃ、優勝できないのに……どうしたらいいのかな」 イライラしながら廊下をパタパタ走っていると、小説部の部室の中から倉橋くんの声が聞こえた。私は開いた窓から中を覗いてみる。 そこには、作家志望の中山くんと倉橋くんが、真剣な顔をして話しているのが見えた。 「中山、俺、どうしたらいいのか分からないよ……」 「剛田はやめとけって言っただろ?」 「バッテリーを組み始めた頃は友情だったんだよ。でも、バッテリーを組んで仲良くなるにつれて、友情が愛情に変わっていったんだ……自分でもびっくりしたよ。俺の愛をアイツがキャッチしてくれる。どんな愛(球)でもキャッチしてくれる男らしさに惹かれたのかな……」 ため息を吐きながら、机に頭を伏せる倉橋くん。その背中を、窓から降り注ぐ夕焼けが悲しく照らす。 っていうか、哀愁たっぷりの姿を見せつけられても困るし。愛をキャッチするとかそんなんはいいから、野球に集中してくれません? 私は意を決して、部室に足を踏み入れた。 「あのさ、中山くんって作家志望なんだよね?」 「わっ! 花岡さん?」 顔を上げて目を見開く倉橋くん。 「あれ、花岡さんじゃん。あぁ、僕は小説家志望だから小説部に入ってるんだ」 「恋愛小説って書くの?」 「あぁ、書いた事あるよ」 「花岡さん、今の話……聞いてたよな?」 顔を真っ赤に染めた倉橋くんが、恥ずかしそうにもじもじし出す。 「今更恥ずかしがらなくていいよ。あなた達の関係知ってるし、部室でイチャついていたのも見たし。それより、中山くん! 野球部のために恋愛小説を書いてくれない?」 顔を覆い隠している倉橋くんを無視し、私は中山くんに詰め寄ってそう言った。私の真剣な目を見て何かを感じ取った彼は、うん、と頷いてくれたのだった。 ** 数日後。 「倉橋くん、これはあなたの為でもあって、野球部の為でもあるの。だから、小説通りに演じてくれる?」 緊張している様子の倉橋くんは、自分たちの未来の為だと思ったのだろう。手のひらをギュッと握りしめて「うん、頑張る」と頷いてくれた。 「小説通りに剛田を部室に呼び出した。今から行ってくる」 拳を握りしめながら、部室に向かう倉橋くんの背中を中山くんと一緒に追いかける。 中山くんに二人の仲を修復する為に、二人の恋愛小説を書いてもらったのだ。そのシナリオ通りに倉橋くんには演じてもらう。そして、二人の仲は元通りになり、最強バッテリーも復活して、野球部は優勝して甲子園に行ける! というわけなのだ。 シナリオ通りにいけばいいけど……。 私は不安なまま、中山くんと一緒に部室の隅に隠れ、剛田くんが来るのを待った。 しばらくすると部室の扉が開き、「よっ!倉橋!」と図太い声が部屋中に響いた。 「お前、なんか怒ってないか?」 「……」 だんまりする倉橋くん。 「ま、まださ、橘とお前の間で悩んでるんだよ。どっちのバッテリーも好きなんだよ。ズン!と強くミットに来る感じも、フワッと優しく来る感じも好きなんだよね」 ははは、と照れ臭そうに笑う剛田くんを見て、私は腹が立ち、今すぐにでも殴りにいきたくなる。でも、ぐっと押さえ込む。 さぁ、倉橋くん、頑張って! 「……剛田、別れてくれないか?」 真剣な眼差しでそう言った倉橋くん。 一瞬の沈黙の後、 戸惑いの目をした剛田くんが、倉橋くんの胸ぐらに思いっきり掴みかかる。 「お前、な、何言ってんだ?!」 ユラユラ揺らされながら、冷たい目線を剛田くんに向ける倉橋くん。なかなかの名演技。 「お、俺のことが嫌いになったのか?!」 「……他に好きなヤツができた……」 「あんだって?!」 倉橋くんの顔目掛けて、拳を振り上げる剛田くん。その目は、悲しみや怒りみたいなものを帯びているように見える。 よしっ、シナリオ通りだ。 この先は剛田くんのアドリブよ。 さぁ、どうやって倉橋くんを繋ぎ止める? 剛田くんは振り上げた拳を広げると、華奢な倉橋くんの体をガバッと力強く抱きしめる。分厚い手のひらが、倉橋くんの後頭部を優しく撫でる。 「倉橋、俺を諦めないって言ってたのは嘘だったのか?!」 「……離してくれ」 「いやだ! 離さない!!」 さらにギュウッと抱きしめられる倉橋くん。 あんなに強く抱きしめられて、大丈夫かな? 骨折らないでよ。 あと、倉橋くん、いくら抱きしめられたからって、顔ニヤけちゃダメ! ここからが盛り上がるところなんだから! その時、ガチャリと部室の扉が開く。 「倉橋、一緒に帰ろうぜ」 シナリオ通り、二年のキャッチャーの宮沢くん登場。 「あ、宮沢! 帰ろうぜ!」 剛田くんの腕の中からするり、と逃げ出す倉橋くん。お見事。 宮沢くんの元へ駆け寄る倉橋くんに向けて、剛田くんは大声で叫ぶ。 「お前が好きなヤツって、最近バッテリー組むようになった宮沢なのか?! あぁ?!」 「あぁ、そうだよ。悪いか?」 「宮沢、てめぇ、俺の倉橋に手を出しやがって!」 ズカズカと宮沢くんに近づく剛田くんの顔は、怒りに燃えている。そして、宮沢くんの胸ぐらに掴みかかると、鼻先が触れ合うぐらいの距離まで顔を近づける。 「倉橋は俺のもんだ! 俺は倉橋を愛してるんだ! お前なんかに渡してたまるか! 俺たちの絆は深いんだぜ? あぁ?!」 剛田くんはブンッ! と拳を振り上げる。 「や、やめろっ! 剛田の気持ち、痛いぐらい分かった。俺もお前を愛してる!」 肉厚な背中に、ギュッと抱きつく倉橋くん。バックハグと呼ばれるやつだ。 「降参だ!」 そう言った宮沢くんは、部室の扉を開けて逃げて行った。 よしっ! シナリオ通り成功! 私と中山くんとパチン! と手のひらを合わせる。 「倉橋、宮沢のことが好きなんじゃないのか?」 「いや、俺は剛田だけを見ている」 「倉橋!」 「剛田!」 見つめ合った二人は、暮れなずむ部室でブチュッと熱いキッスを交わす。 私と中山くんは赤面しながらも、その二人のラブラブぶりに目が離せなくなる。 「さぁ、帰ろうぜ」 「あぁ、もう浮気するなよ。倉橋」 「お前こそな!」 ぶっとい腕に絡みつく倉橋くんの手。寄り添いながら、二人は部室を出ていく。 私と中山くんはそれを見送ると、部室を出て仲良く帰っていく二人の背中を眺めた。 「ありがとう、中山くん」 「僕の小説が役に立って良かったよ」 暮れゆく校庭を歩き出そうとすると、仲直りした二人の前に、手を繋いだ二つの人影が歩いているのが見える。 目を凝らしてみると、それはあの橘くんと知らない女子生徒だった。 え、え、え、 その二人に気づいた剛田くんは、チラチラと二人を気にしている様子。 せっかく、上手くいったのに! 私は額に手を当てて、深いため息を吐く。 優柔不断な剛田くんのせいで、今年は優勝できないかもしれない、と再び思う私であった。
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