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今日は地区大会の決勝戦。
これに勝てば、なんと、甲子園に行けるのだ。
そんな大事な試合なのに……。
私は試合前のグラウンドを見渡す。うちの野球部には神9(ナイン)がいる。この九人が揃えば最強。甲子園に絶対行ける。誰一人欠けてはいけないのに……。
神が一人いない。
一番肝心な神である。
なんか、神じゃないのが一匹紛れている。
それは、グラウンドの真ん中でピッチングしている二年の橘くん。
もちろん、キャッチャーはあの剛田くんだ。
「ナイスピッチン!」
グラウンドに響く図太い声。キラキラした目をしながら、今キャッチしたてのボールを橘くんに向けて投げる剛田くん。
なぜに、そんなキラキラした目をしている?
お前の本命はエースの倉橋、恋人の倉橋ではなかったのか?
というか、なぜ倉橋は来ない?
こんな大事な試合にエースが来ないって、どういう事?
顧問の吉田先生はオロオロした表情で、試合の始まりを見ている。そりゃあ、心配だよね……あの神がいないと優勝はできないんだから。
甲子園に行けないかもしれないんだから。
倉橋くん、何やってるのよ。
もう、剛田くんの事、諦めなよ。
こんな優柔不断な男なんて。
私は橘くんと楽しそうにバッテリーを組んでいる剛田くんを見つめた。
あんなにニタニタしやがって。
この前、『俺の倉橋』『倉橋愛してる』って言ってなかった?
もう、本当にハッキリしない男なんだから!
カキーン!
やっぱり、神が一人いないだけで毎回ランナーを出している。他の神たちが守備を頑張っているけれど、いつもの試合ができていない気がする。
ギクシャクするピッチング。
ギクシャクする選手たち。
「フォアボール!」
橘くんのお得意の変化球が入らなくなってきている。橘くんに駆け寄る剛田くん。彼の細い肩にぶっとい腕が乗せられるが、それを嫌がるように振り払う橘くん。悲しげにする剛田くん。
あのさ、剛田くんももう、気付いてるんでしょう?
あなたと一番相性がいいピッチャーが誰か。
あんたたちの恋路がどうなるかなんて、私の知ったこっちゃない!
でも、
1対2。
9回裏、ツーアウト、満塁。
1点差で勝っている。
ここで抑えれば優勝して、甲子園に行ける。
でも、このままじゃダメだ。
あの神じゃなきゃ、倉橋くんと剛田くんのバッテリーじゃなきゃ、次の四番は抑えられない。
「吉田先生! まだ、倉橋くんに連絡取れないんですか?」
「あぁ、家にもいないみたいなんだ……このままだとヤバいよな」
「何やってんだよ! 倉橋のヤツ!」
思わず大声で叫んだ私に、びっくりしている様子の先生。私はもうそれどころじゃなく、ギクシャクしている二人を見つめた。選手たちの雰囲気も悪い。
どうしたらいいの?
その時、観客の中に帽子を目深に被った見慣れた顔を見つける。直感で倉橋くんだと思った。何よ、気になって見に来てるんじゃん。
先生がタイムを取っている最中に、私は急いで倉橋くんらしき人の元へ走る。
「倉橋くんでしょ?」
「え、あ、花岡さん?!」
「どうして、こんな大事な試合に来なかったのよ?」
「え、だ、だって……」
帽子を上に上げた倉橋くんは、グラウンドにドーン!と座っている剛田くんに目を向ける。
「この前さ、花岡さんたちのおかげで仲直りできたんだけどさ、あの後、橘のことで喧嘩になったんだ。あいつ、俺を愛してるなんて言ったくせに、まだ橘のことが気になってるんだよ。もう呆れちゃってさ、ずっと連絡してなかったんだ。それで、今日もあいつに会いたくなくて、試合に来なかったわけ」
ブチッ
私の頭の中で何かが弾け飛んだ。
私は倉橋くんの胸ぐらに掴みかかり、ユラユラ揺らしながら大きな声を張り上げる。
「あーっ!! もう、イライラする!! 恋と野球どっちが大切なのよ?! あんたたち高校球児でしょ? 恋なんてこの先いくらでもできるじゃない。甲子園は今しか狙えないのよ? この試合に負けたら、もう甲子園に行けないのよ! 甲子園行きたいでしょ? みんなで甲子園に行こうよ! 恋なんてこの試合に勝って、甲子園に行ってから考えなさい!」
目を見開き、びっくりして固まっている倉橋くん。私はもう、観客に聞かれて恥ずかしいとか関係なくて、みんなで甲子園に行くことしか考えてなかった。
「甲子園……そうだ。みんなで甲子園に行くんだ。そんな大事なこと忘れてたわ。ありがとう、花岡さん。俺、今から投げてくる」
「倉橋くん!」
倉橋くんの胸ぐらから手を離すと、彼は持ってきてたユニフォームに素早く着替えて、マウンドへと向かう。
「倉橋!」
「来てくれたのか!」
「倉橋、ありがとう!」
みんなが倉橋くんに声を掛ける。帽子を脱いで、みんなに頭を下げる倉橋くん。
そして、橘くんに「お疲れ。後は俺に任せろ」と言うと、彼とハイタッチをパチン! と交わす。
神がマウンドに降り立つ。
緊張に包まれるグラウンド。
9回裏、ツーアウト、満塁。
見つめ合う倉橋くんと剛田くん。
もう、そんなんいいから早く投げて。
「剛田! お前と甲子園に行きたい!いいだろ?」
剛田くんがミットを構えながら、うん、うん、と頷きながら叫ぶ。
「あぁ! 俺もお前と甲子園に行きたい!」
倉橋くんが構える。
「もう、迷わない。俺は剛田を愛してる」
倉橋くんの一途な愛(球)が、剛田くんの心(ミット)に向かって、ストレートに飛んでいく。
「俺も迷わない。倉橋を愛してる」
ツッコミどころ満載だが、ドキドキしながらそのピッチングを見つめる。
「ストライク! バッターアウト!!」
ワアァァァァーー!!!
湧き上がる歓声の中、私は先生と抱きしめ合って喜びを分かち合う。
やった! 勝ったよ!
甲子園だ!!
やったーーー!!
でも、すぐにその歓声は悲鳴へと移り変わる。
私はマウンドを見つめる。
そこには、案の定、あの二人の熱い抱擁と、熱い接吻が繰り広げられている。
やめて、神聖な場所で、やめて。
ベンチに座っている橘くんは、その光景を見ながら悔しそうに涙を流している様子。
え、え、え、
あの、お願いだから、これ以上二人の邪魔はしないでくれますか?
微妙な空気漂うマウンドを残しながら、
私たち野球部は、甲子園出場を決めた。
そして、夏合宿へと突入する。
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