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4〈合宿編-1〉
「やってもうた」
親友の美香が焦った顔で言った。
「どうしたの?」
「しまったなぁ……どうしよう」
「何?」
「今朝さ、下駄箱にラブレター入れたって言ったじゃん? 加藤くんの所じゃなくて、間違えて剛田くんの所に入れちゃったかも」
おっと、それはヤバい!!
「美香! それは間違いない?!」
私は立ち上がると、美香に顔を寄せて叫んだ。
「う、うん、剛田くんの所に入れちゃったと思う」
「そっか、ありがとう! 美香、今日一緒に帰れないわ。ごめん! 行く所あるわ!」
「あ、う、うん。明日から夏休みに合わせて合宿だったよね? さとみ、頑張ってきてね!」
「うん、頑張って行ってくるよ!」
私は美香に手を振ると、急いで部室へと向かって駆け出す。
あーマズイ。
明日から夏休みが始まる。それに合わせて私たち野球部の合宿が始まる。
そんな時に、剛田くんが女の子からラブレターをもらったらどうなる?
あの二人の事だ。そりゃあ、皆さんの想像通りになると思います。
せっかく野球部内で公認となって、部活中に毎回ラブラブっぷりを見せつけられて、ひやかさられた二人は調子に乗っていたのに。
案の定、部室の前に来ると、倉橋くんの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
こっそり、中の様子を伺う。
「剛田! お前、ラブレターもらったのがそんなに嬉しいのかよ? そんなにヘラヘラして!」
剛田くんが胸に抱えてるラブレターを、必死に奪おうとする倉橋くん。取り合いになる二人。
「べ、別に嬉しくない。お、お前という恋人がいるんだから」
と言いながらも、鼻の下がびろーんと伸びている剛田くん。
おいっ! お前はBLではないのか?
やっぱり、女子からのアピールも嬉しいのか?
それはお前へのラブレターではない。勘違いをしておる。お前はつくづくよく分からない男だ。
「剛田! いい加減、俺だけを見てくれ!」
倉橋くんはラブレターを取り上げると、剛田くんの目の前でビリビリに破って捨てた。
「あーあ……」
残念そうに落ち込む剛田くん。
あーあ、じゃねぇ。それはこっちのセリフだよ。美香のラブレターがぁ〜跡形もなく破れてしまったぁ……。
「お前がそのまんまだと、俺、明日からの合宿行かないからな!」
泣きべそをかきながら、顔を覆い隠す倉橋くん。
もう、やだ、倉橋くん可哀想!
もう、見てらんないっ!!!
私は力一杯、部室の扉を開ける。
ガラッ!
「剛田! いい加減、はっきりしろよ!!」
私は剛田くんの厚い胸ぐらに掴みかかる。突然の私の登場に、びっくりして目を見開く剛田くん。
「倉橋くんはあんたを一途に愛しているのに、あんたはいつも、フラフラフラフラしやがって。男なら好きな女の事を一途に愛して、守ってやんなきゃダメだろ!! 間違えた! 好きな男の事を一生守ってやれよっ!!」
鼻息が荒くなる。
なぜか熱くなる私。
頭に血が昇って興奮している私。
剛田くんは何かに気付いたように目蓋を瞑り、胸ぐらを掴んでいた私の手をゆっくりと退かした。
「ありがとう、花岡さん。目を覚ましてくれて」
自分の頬をバシン! バシン!と叩いた剛田くんは、床に座って泣いている倉橋くんの腕を引き上げて、太い親指で涙を拭った。
「倉橋、ごめん。いつもフラフラしている俺でごめん。もう、決めた。お前だけに決めた。俺にはお前しかいない。俺をいつも全力で愛してくれてありがとう。俺もこれからはお前だけを愛する。お前だけを見ていく。なぁ、いいだろ? 倉橋」
やけに男らしい剛田くんは、真っ直ぐに倉橋くんを見ている。嘘偽りない眼差しで。
「だから、一緒に合宿行こうぜ。お前じゃなきゃ、バッテリー組めないだろ? もう、お前としかバッテリーは組まない」
「剛田……今の言葉、信じていいのか?」
「あぁ……」
目蓋を閉じて、深く頷く剛田くん。
いや、いや、今までの感じからすると、なんか信用しない方がいい気がしますけど?
「剛田」
「倉橋」
見つめ合う二人。
おっと、この展開になると何が始まるかは……いくらバカな私でも分かります。早くこの場から逃げなくちゃ!
「あ、二人とも、明日から合宿だからね!今日は早く帰りなよ? じゃ、じゃあ、明日!」
私は二人の返事を聞くことなく、そそくさと部室を出て行った。
背中に甘〜いムードを感じたままで……。
*
合宿当日。
バスから降りると、新鮮な空気が体を浄化してくれる気がした。
「はぁ〜気持ちいい!」
美しい富士山が見える。
そう、夏合宿の宿は富士山の近くにある。
富士山が見えるグラウンドで練習をするのだ。
相変わらず、あの二人はバスの中で手を繋ぎながらラブラブであった。
まぁ、二人が仲睦ましくしてくれたらいい。
それは、野球部の平和に繋がるから。
野球部の勝利に繋がるから。
「はい、いらっしゃい」
宿の可愛らしい娘さんが出てきて挨拶する。同じ歳ぐらいに見える。なかなかいい感じの娘さんだ。
「あれっ? 紀香?」
「あれっ? まさか、賢太郎?」
倉橋くんとその娘さんが顔を見合わせているようだ。雲行きが怪しくなる……。
「何? 倉橋、知り合いなのか?」
と吉田先生が聞く。
「そうなんです。元カノなんです」
え、え、え、
倉橋くんの元カノ?
悲劇はこれだけじゃ終わらない。
「おはようございます!」
一緒に合宿する他県の野球部が来たみたいだ。
「あれっ? 剛田じゃないか?」
「あれっ? 魚住か? 久しぶりだな!」
今度はその野球部員のゴツい男と、剛田くんが顔を見合わせて笑っている。
「何? 剛田、知り合いなのか?」
と吉田先生が聞く。
「そうなんです。元カノなんです」
え、え、え、
はぁ? 剛田くんの元カノ?
このゴツいプロレスラーみたいな男が?
というか、やっぱりお前がBLっ気あったんじゃねぇか?!
私は深いため息を吐いた。
とんでもない合宿になりそうだ……。
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