5〈合宿編-2〉

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5〈合宿編-2〉

「ナイスピッチン!」 富士山を背景に、剛田くんの図太い声がグラウンドに響き渡る。 夏合宿一日目。 二人の元カノ登場という波乱な幕開けであったが、なんとか二人のバッテリーは順調のようで良かった。 もう一つのグラウンドでは、他校の野球部がわっせわっせとランニングをしている。みんな体付きがいい。たぶん、うちより強い学校なんだろう。うちも負けてはいられない。 「ほらっ! 行くぞー!」 吉田先生のノックが始まる。 みんな声も出ていて調子も良さそう。ベンチに帰っていく例の二人は、水のかけ合いなんかしちゃってすごく楽しそう。 キャッ! キャッ! と戯れあっている。 ……。 あの〜仲がいいのはいいんだけど、他の野球部もいるのでバレない程度にして下さい。 「あそこの野球部のピッチャーとキャッチャー付き合っているらしいよ」なんて噂されないようにしてね。甲子園に行くまでは、大人しいお付き合いをお願いします。 「おい、花岡!」 「は、はい! 先生、何ですか?」 「もう少ししたらお昼だから、お前先に宿に戻って準備しといてくれ」 「はい! 分かりました!」 宿に戻ると、倉橋くんの元カノの紀香さんがせっせとお昼の用意を作っていた。美人で明るくて、料理も作れるって最高の女だな。なんて思いながら、私は言われるがままに手伝いをしていた。 今日のお昼はカレー。 シーフードたっぷりのカレー。 そして、リンゴが入った野菜サラダ。 「めちゃくちゃ美味しそう……」 「あはは、シーフードカレーはここの人気レシピなんですよ」 滴る汗がキラキラしていて眩しい。 この子はモテるわ。私が男なら絶対好きになる。倉橋くん、あんたは見る目がある。 剛田くんの顔が脳裏に浮かび上がる。 あ、いや、今は見る目があるか分からないけど……。 ガチャ ザワザワ 「うわーいい臭い!」 「腹減ったー」 「おっ! カレーの匂いだ!」 「おかわりしてやるぜ!」 野球部のみんなが練習を終えて、食堂にやってきたみたいだ。もう一つの野球部も一緒に来ていて、みんなお皿を持って順番待ちをしている。私はご飯を盛りつけ、紀香さんがカレーを入れる。何よ、みんな。紀香さんの時だけ目をキラキラさせて。 ふん! どうせ私なんて……。 その時、「花岡さんって言うんだよね」と坊主頭の男の子が話しかけてきた。 お皿を差し出す逞しい腕。 「え?」 「僕、〇〇高校のピッチャーやってる杉山です。よろしく」 「あ、はい、よろしく」 ご飯を盛ったお皿を差し出しながら、一応一礼をしておく。お坊さんみたいなこの彼が、あっちの野球部のピッチャー? 剛田くんの元カノとバッテリーを組んでいる人? 「花岡さん、後で僕のピッチング見にきてよ」 「え? は? はい」 「約束だよ」 意味深な笑みを浮かべながら、カレーの方へ並ぶ杉山くんと言う人。そんな事に気を取られている内に、自由席となっている食堂の席は埋まっていって、なぜか倉橋くんと剛田くんの間には、あのデカい魚住くんが座っていた。 魚住くんは積極的に剛田くんに話しかけている。 ちょ、ちょっと! 元カノだからって二人の邪魔しないでよ! そう思いながら、私もカレーのお皿を持って座る席を探す。 キョロキョロしていると、「花岡さん! こっち! こっち!」と手招きをしている男がいる。さっきのお坊さんの杉山くんだ。 なんか、関わらない方がいいよな、うん。 向きを変えようとすると、なぜか無理矢理に腕を引っ張られて、そいつの横に座る羽目となる。 斜め向こうの席。倉橋くんと剛田くんの間には魚住くん。倉橋くんの逆どなりには、紀香さんが座っている。倉橋くんと剛田くんは、お互いを気にしながらも、二人の話を必死に聞いている様子。 何? まさか、四角関係? 「花岡さん、花岡さん」 「うっさいなー!」 今、いいところ……なわけないじゃん! 危機よ、危機! 「怖い……花岡さん……」 杉山くんはしょんぼりしてカレーを食べる。 「あ、ごめんなさい。あの、杉山くんとバッテリーを組んでいる魚住くんって、どんな人?」 「がびーん! まさか、花岡さん魚住狙い? あいつやけにモテるんだよね。男にも女にも」 「へー、モテるんだ……別に狙ってないし。彼女とかいるのかな」 熊みたいな人だけどね。剛田くんは男にモテるけどね。 「彼女? いないみたいだけど、なんか忘れられない人がいるみたい」 「へー、そうなんだぁ……」 まさか、忘れられない男……ではないよね? 不安を抱えたままお昼時間を終え、なぜか私は杉山くんに気に入られたらしく、モヤモヤした気持ちで流しで洗い物をしていた。 すると、紀香さんがやってきた。 「花岡さん、あの……」 「賢太……く、倉橋くんって今、好きな人とか付き合っている人いるのかな?」 「えっ?!」 お皿を落としそうになる。 「ど、どうして?」 頬をピンク色に染めながら、紀香さんはボソリと呟く。 「彼が引っ越す事になって、私たち別れちゃってさ。あの頃の私たち、本当はまだ好き同士だったんだと思う。だから、ずっと忘れられなかったんだ。でも、今日再会してなんか運命を感じちゃって……やっぱり好きなんだって思った」 あぁ……そんな可愛い目しちゃって。 私、今恋をしています、みたいな顔しちゃって。こりゃ、剛田くんと付き合ってるなんて……言えるわけないじゃんか。 「付き合ってる人、い、いないんじゃないかな……」 何、嘘ついてんの?! 私ったら! 「そっか、良かった。じゃあ、この夏合宿でアタックしようかな♡」 恋する女、紀香は、可愛く微笑んだ。 倉橋くん! お願いだから、靡かないで! 頑張って! と思いながらも、まだまだ波乱の合宿は続くのである。
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