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6〈合宿編-3〉
合宿二日目、朝食の時間。
焼き鮭の匂いが漂う食堂を見渡していた。また、衝撃の風景が目に飛び込んでくる。
どうしてまた倉橋くんと剛田くんの間に、デカい図体の魚住くんがいるの?
何なの?
甲子園前の大事な合宿なんだから、邪魔しないでくれますか?
怒りをこめながら、焼き鮭に一撃を入れると、なぜか知らないうちに隣に来ていた杉山くんのお茶碗の上に、私の飛ばした鮭の一部が乗った。
それを普通に口に入れ、もぐもぐした坊主少年杉山くんが喋り出す。
「花岡さん、今日僕のピッチング見に来てよ」
しつこい男だな。
「うん、分かった。時間空いたらね」
「やったー! あ、それと……」
杉山くんが「先生には内緒なんだけど」と、口元を手で隠しながら、私の耳元に唇を寄せて小さな声で話し出す。
背中にゾワゾワと鳥肌が立った。
「あのさ、魚住と話してたんだけど、今夜肝試しやらない?」
「肝試し?」
「合宿所の向こうに小さな神社があるらしいんだ。行くメンバーが、僕と魚住、花岡さんと倉橋くん、剛田くん、あとこの合宿所の紀香ちゃん」
え、そのメンバー?!
なんか、怪しい感じしかしないけど……。
「大丈夫なの? 先生に見つからない?」
「なんか、紀香ちゃんがうまく言っておいてくれるって」
「そっか……」
紀香さん、倉橋くんにアタックするとか言ってたしな。これは行くしかないじゃん。
倉橋くんと剛田くんを邪魔する者は、どうにかして遠ざけなくては!
「杉山くん、私も行く。肝試し」
「おっ! そうこなくっちゃ。夕飯後に集合みたいだから、また後で」
なぜか私は、今夜行われる肝試しに参加する事になってしまったのである。
*
「花岡さーーん!!」
マウンドから大きく手を振る杉山くん。合間を見て杉山くんのピッチングを見に来たが、意外にもなかなかカッコよかった。倉橋くんよりも球が速く、変化球も投げられる器用なピッチャーのようだ。いつもはなんかヘラヘラしてるのに、どうしてマウンドに立つとカッコよく見えてしまうのだろう。不思議だ。
引きつり笑いをしながら、手を少しだけ上げて振り返した。満面の笑みの杉山くんの延長戦上から、ドン! と座っている魚住くんを見つめる。うん、やっぱり彼もバッテリー中はカッコいい。これがいわゆる野球マジックというものか。この二人も息ぴったりだが、付き合っている様子はない。というか、うちの二人が特殊なんだろうな……全くもうっ。
私はそんな悩みを抱えたまま、練習へと戻って行った。
夕食後。
私、杉山くん、倉橋くん、剛田くん、魚住くん、紀香さんの計六人が食堂に集まっていた。肝試しをするのに男女の比率がおかしいが、仕方がないのかもしれない。
「せっかくの夏合宿という事で……この六人で肝試しをやります。ペアになった二人で神社にある狛犬の前に、花を供えてまた戻って来るだけ。実はこの神社、昔から幽霊が出るって噂があるんです。神社の中で殺された子供の声が、するとか、しないとか……」
なぜか、紀香さんが仕切り出す。
「マジかよ!」
「子供の幽霊出るのか?」
「幽霊なんていないよ」
「え、え、え、幽霊きらい……」
魚住くんは強気、杉山くんは弱気だ。
幽霊が本当に出る?
いやー二人が気になるけれど、本気の肝試しとかやめてくれないかなぁ。幽霊無理です。
「ペアと順番勝手に決めました」
①剛田くん&魚住くんペア
↓
②倉橋くん&紀香さんペア
↓
③私&杉山くんペア
おっと、これはまずいよね?
というか、紀香さんの思惑通りすぎない?
あと、私と坊主いる?
あ、でもやっぱ二人が気になるから監視はしておきたい。でも、幽霊は怖い。嫌だなぁ……。
「剛田、よろしく!」
バシッと背中を叩く魚住くんを見て、少し嬉し恥ずかしそうにする剛田くん。
おい! そこは喜ぶところじゃない!
あんたが組みたいやつは他にいるだろう?
「賢太郎、よろしくね!」
倉橋くんは剛田くんたちを気にしながらも、「よろしく」と紀香さんに言っている。
お前はそれでいいのか? あぁ?
「花岡さん、また目つき怖い」
「あ……ごめん。杉山くんよろしくね!」
と言いつつも、
杉山くんといい感じになりませんように。
杉山くんといい感じになりませんように。
そう心の中でリピートする。
「さぁ、出発しましょう!」
懐中電灯と小さな花を持って、私たちは外に出る。スタート地点まで来ると、頭上に輝く星々が美しすぎて感動した。
こんな星空の下、好きな人と肝試しとかヤバいよね。絶対いいムードになっちゃうよね。
もう、不安しかない……。深いため息が出る。
「じゃあ、いってきます」
一番目の剛田くん、魚住くんペアが神社に向かって歩き出す。寄り添ったりなんかして、すでにいい感じなんですけど。
その様子を不安げに見つめる倉橋くん。かわいそすぎて、見てらんない!
どうしよう……。
そんな不安を抱いたまま、肝試しは幕開けしたのである。
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