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ぼくのてのひらに、ころんとした泥の玉が乗っかってる。うん、今度はうまくいった。今までで一番の出来だ。表面はなめらかで、つやつやしてて、ひび割れやでこぼこなんてどこにも見当たらない。
「よし!」
ぼくはにやにやしながら、ぴかぴか光る泥玉の表面に見とれた。あとで、ママに見せてあげよう。もしかしたら、キレイだって褒めてくれるかもしれないぞ。
ぼくとパパとママの一日は、いつも同じように過ぎる。
起きてすぐごはんを食べたら、ぼくはすぐお庭に出て、遊ぶ。パパとママはお家の中でお仕事をしている。そして、かわるがわるお庭を見にきては声をかける。ぼくはお返事をして、また遊ぶ。
ぼくはいい子だから、ひとりでもちゃんと遊べる。その日の気分で、何をして遊ぶか決める。パパの作ったブランコに乗ったり、花壇のお花を眺めたり、積み木や石を積み上げたりする。最近のお気に入りはこの泥玉作りだ。泥遊びが好きなぼくのために、パパがバケツいっぱいの泥とスコップをプレゼントしてくれたからだ。泥をこねて、ひとにぎり分だけ手に取る。その泥のかたまりを両手でくるくる、こねこね丸めていって、できるだけキレイな丸にする。
これって、かんたんにできそうだけどとっても難しい。パパもママもすいすい作ってるのに。これじゃ、いつまでたっても二人のお手伝いなんてできない。
ごはんの時間になったら手と足を洗って、お家の中に入る。ママはぼくの爪に泥が残ってないかチェックするのを忘れない。三人でごはんを食べると、ぼくはまたお庭に出て遊ぶ。ママは「ほんとにお庭が好きなのねえ」なんて言いながら、またパパとお仕事に戻る。
おやつの時間になったら、お庭で遊ぶのはおしまい。作った泥玉は壊してバケツに戻す。それから、バケツをお庭のすみっこへ持っていく。スコップはお道具箱に片づける。お道具を使ったあとは、ちゃんとお片づけしないといけない。これはママとの大事な約束だ。もちろん、また手と足もちゃんと洗うよ。
あとは、パパたちのお仕事が終わるまで、自分の部屋で遊ぶ。絵を描いたり絵本を読んだり、好きなことをする。でも、本当は泥玉作りの方が好きなんだけど。
夜になったら、三人でごはんを食べて、お風呂に入る。ママが作ったお菓子を食べながらおしゃべり。眠くなってきたら、パパとママにおやすみのあいさつをしてベッドに入る。
ぼくらの一日は、そんな感じだ。
「おやつの時間よ……どうしたの?」
お庭に下りてきたママが、首をかしげた。ぼくが困った顔をしてたからだろう。答える代わりに、ぼくはママへ完成した泥玉を差し出した。
「あら、とてもきれい。ぴかぴかねえ」
「ママ、これ、今までで一番うまくできたの」
「そうね」
「……ねえママ、これ、壊さないとダメ?」
ぼくは、上目遣いでママの顔を見ながら、聞いた。
「あの……あのね、ぼく、これ壊したくないんだ」
恐る恐る、ぼくは言ってみた。
ママはしゃがんで、ぼくの目をじっと見てきた。
なんだかお説教が始まりそうな気がする。嫌だなあ、でも。
「前に約束したでしょ? 毎日ちゃんとお片づけするって」
ゆっくり、ママはぼくに語りかけてきた。
「うん……」
「いつもと同じように、壊してバケツに戻すの。できるわよね」
優しく、でもきっぱりとママは告げた。予想通りだ。ああ、やっぱり無理かな。でも、なあ。
ぼくは諦め切れなくて、もう一度泥玉を見つめる。今まででいちばんいい出来の泥玉。お日様の光を受けてぴっかぴかのやつ。
もしたしたら、パパたちの作ったのと同じぐらい、うまく作れたかもしれないぞ!
その時、ぼくの頭にパパの顔が浮かんだ。
「ママ、ぼくね、パパにこれ見せたい!」
「パパに?」
難しい顔をしてるママに、ぼくは言った。
「今まででいちばんうまくできたんだ。最高の出来なんだ。パパが見たら、壊すなんてもったいない、試しに飾ってみようって言うかもしれないよ!」
パパは、この泥玉を気に入ってくれるかもしれない。そんな気がする。だって、ぼくとパパって似てるんだもの。好きな色とかおかずとか、いつも同じだし。
パパなら、きっとぼくの気持ちをわかってくれる。
この泥玉は「特別」なんだ。
ママに呼ばれて庭にきたパパは、ぼくの泥玉を面白そうに眺めた。
「どれどれ……へえ。なかなかいい出来だね」
「でしょ?」
やっぱりそうだ、とぼくは胸を張った。どうだい、えっへん。
ママはパパの隣で、なんだか文句を言いたそうな顔をしてる。
「貸してごらん」
パパが差し出したてのひらに、ぼくはそろりと泥玉を乗せる。もちろん、壊れたりしないように、そっと、ね。
「うん、うん、大きさもつやも上々、申し分ないね」
パパの大きなてのひらの中で、ぼくの泥玉はぴかぴか光る。まるで、褒められて喜んでるみたいだ。
「これだけのものが作れるのなら、もう一人前だなあ」
じっくりと泥玉の出来具合を確かめていたパパは、ぼくに目を向けた。
「明日から、パパたちと一緒にお仕事をやってみるかい?」
ぼくは息を飲んだ。びっくりして、言葉がなかなか出て来ない。ぼくが、パパとママと同じように、お仕事をするだって?
「あなた」
ママも驚いた顔で、パパを見てる。
「この子にはまだ早いんじゃないかしら」
「そんな事ないよ。それに、いつかはやらなきゃならない事さ。大丈夫、見ててごらん」
そう言うと、パパはぼくの泥玉を空高く放り投げた。泥玉は光りながら高く高く空へ昇っていく。
ぼくはどきどきしながら泥玉を目で追いかけた。初めて空に上げた、ぼくの泥玉。パパとママの作った奴みたいに、うまくいくだろうか。壊れたり、ぽろっと落っこちちゃったりしたらイヤだなあ。
見守るぼくら三人の頭上で、ぼくの泥玉はうまく空に引っかかった。
「ほら、うまくいった」
どうだい、言った通りだろ、そんな得意そうな顔でパパが言う。
「やったあ!」
ぼくは叫んだ。
「ほんとね。上手に出来てる。よかったわ」
ママは嬉しいというより、ほっとしたように見える。
ぼくは、うっとりと空の光に見とれた。ぼくの泥玉……ううん、もう泥玉なんかじゃない。ぼくの作った、初めての星。パパとママが毎日作ってる星と同じように光り輝く、ちゃんとした星だ。ぼくは誇らしい気持ちで空を見つめた。
「明日になったら、もっときれいに輝くぞ」
ぼくの隣でパパが嬉しそうに言った。
「上手くいけばその周りにいくつも小さな星ができて、それから」
「それから、どうなるの?」
「ふふん。秘密だよ」
聞いたぼくに、パパはにやりと笑ってみせた。
「いじわる!」
ほっぺをふくらませていると、ママが頭をなでてくれた。
「明日になったらわかるわよ。楽しみねえ」
明日から、ぼくはパパとママと一緒に、星を作る仕事を始める。遊ぶのはもうおしまい。
たくさん、たくさん星を作って、この空に無数の星々を飾るんだ。それが、ぼくたちのお仕事なんだから。
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