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ハートのメロディーを聴かせて
学校が終わり、いざ帰宅。そうなった時、教室で私が真っ先にやることが一つある。
鞄の中からイヤーマフをつけて頭にかぶること。これで、私の世界は静寂に包まれることになる。私を守ってくれる、静かで、温かい、落ち着いた世界。完全な静寂ではないので全く人の声などが聴こえなくなるわけではないが、これでシャットアウトできるものは多い。
特にそう、音楽の類。
吹奏楽部や軽音部なんかの音楽は、放課後から練習が始まって流れ始めることになる。私はそれをシャットアウトしたいのだった。
うちの中学の彼らの演奏が下手だからではない。というか、合奏の時でもなければ素の練習の時の音なんて、音楽と呼んでいいかも怪しいものがほとんどだろう。チューニングの時は音をぶーぶー出してるだけだし、個人練習であってもメロディーじゃないパートの楽器は何の曲かもわからない伴奏を鳴らしているだけだ。
だから、曲が嫌いなわけでもない。
それでも私が、彼らの音楽をシャットアウトしたいと思う、その理由は。
「モコちゃん!」
ぽん、と背中を叩かれて、私は振り返った。口数の少ない地味な私とは違い、明るい髪色の元気な友人が笑っている。モコちゃん、というのは彼女が私につけてくれた渾名だ。可愛らしいので個人的にも気に入っていた。
「一緒に帰ろ!……またヘッドホンつけてるの?それ、あったかいかもしれないけど不便じゃねー?」
「……これ、ヘッドホンじゃなくてイヤーマフ。音楽は聞こえてこない。音が聞こえなくなるだけ」
「そうなの?雑音とかが駄目なタイプ?」
彼女――美理亜は心配そうに私の顔を覗き込んでくる。どうやら誤解されてしまったらしい。実際、聴覚過敏でイヤーマフを必要とするタイプの人は存在するらしい。周囲の小さな音が気になりすぎて授業に集中できないとか、あるいは多数の音が同時に頭の中に入ってきて処理しきれないとか。あとはまあ、純粋に耳が寒いからつけてる、なんて人もいるのかもしれなかった。
しかし、私はそのどれでもない。多分、世界中でも私だけだろうな、という理由でイヤーマフを愛用している。行き帰りの道など、多少危険になるのは承知の上で。
「そうじゃないんだけど」
とはいえ、いくら親友の美理亜でも、本当のことを言うのは躊躇われる。きっと信じて貰えないだろう。
「私、音楽が苦手だから。……ずっと、静かな世界で生きてたいってだけ」
嘘ではないけれど、肝心なことは言っていない。
そんな言葉で今日も私はお茶を濁したのだった。
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