ハートのメロディーを聴かせて

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 私が安心して聴けるのは、そんな一部の曲だけ。それ以外はできるだけシャットアウト可能なように、イヤーマフを持ち歩くようになったのが小学校の中学年になってからのことだった。  昔よりも耐えられるようになったが、それでも音楽の授業は苦行である。みんなが歌ったり合奏したりするものを、嫌でも聴かなければならないのだから。 ――世界が、もっと静かだったら良かったのに。  このイヤーマフは丁度良い具合で音をシャットアウトしてくれる代物だった。すぐ傍で話す人の声は聞こえるのに、遠くで鳴っている音楽は遮ってくれるからだ。実に便利である。  だから、学校の行き帰りなんかはなるべくイヤーマフをつける。友人たちに、どれだけ訝しく思われようと。 「それでさ、モコちゃん」  美理亜は私の事情なんて知らない。話してないのだから当然だ。ゆえに、彼女の行動に悪意なんて一ミリもないと知っている。 「今度、うちの中学の軽音部でライブがあるんだけど、一緒に聴きにいかない?もち無料」 「え」 「ご、ごめん。モコちゃんが音楽あんま好きじゃないのは知ってるんだけどさ。……軽音部、自分達で曲作ってて、それがめっちゃいいんだよ。あれを聴いたらモコちゃんも世界が変わるんじゃないかなあって」  自分が好きなものを、親友にも好きになってほしい。そう思うのは何も、おかしなことではないのだ。 「……駄目、かな?」  上目づかいでおねだりしてくる美理亜はものすごく可愛い。同性でさえ頬が熱くなってくるほどには。  そもそも私にとって、美理亜は恩人にも等しい存在だ。口下手で孤立しがちな私に真っ先に声をかけてくれて、友達になってくれた。彼女のおかげで私は彼女の友人たちとも交流ができ、楽しい学校生活が送れているのは間違いないのである。  無下にはできないし、したくもない。それに、彼女が“世界が変わる”というほどの曲がどのようなものか興味がないわけではないのだ。  私が苦手なのはあくまで曲と一緒に見えてしまう人の心であって、音楽そのものではないのだから。 「……ちょっと、だけなら」  結局私は、OKを出してしまった。やったあ!と美理亜が喜色を露わにするのでちょっと申し訳なくなってしまう。  最近は、子供の頃よりは慣れた。多少マイナス感情が含まれる曲を聴いても、倒れたりすることはないはずだが。 ――大丈夫だよね?  人、それをフラグと言うのである。
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