ハートのメロディーを聴かせて

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 ***  確かに、バンド“アオシュン”の曲は悪くなかった。メンバー全員が、音楽が好きで好きでたまらない、その溢れんばかりの気持ちをぶつけて演奏していたからだ。音楽への愛が溢れた曲は、私も好きだ。同時に、純粋に技術的に見ても素晴らしかったというのもある。  特にボーカルの時田君の歌声は、静まり返った音楽室の空気を一気に震わせ、盛り上げ、私の肌をびりびりさせてくれた。ハートにがつんとぶつかる曲というのは、まさに彼らが作るような曲を言うのだろう。  そう、凄く良かったのだ。――問題は。 「ああああああ!サイッコーだったあ!」  ライブが終わった後、一緒に靴箱に向かいながら言う美理亜。私は、再びイヤーマフをつけて戻ってきた静けさの中で、一人言葉を探している状態だった。  彼らの曲には、音楽への愛がめいっぱい詰まっていた。だからこそわかる。  あそこに、別の“愛”が入り込む余地など一切ない。  特にボーカルの時田は、恋人を作るなんて頭の隅にも浮かんでいないだろう。音楽でプロになる、世界へのありとあらゆる感情を届けてみせるという使命感に燃えている。  つまり。  ファンの子達も――それから美理亜も。どれほど恋焦がれても、報われることはないということで。 「あ、あの、さ……」  能力のことは話せない。話しても信じて貰えるとは思えない。それでも私は、どうしても言わざるをえなかった。 「凄く良い曲だったんだけど。その……私、なんとなくわかっちゃったっていうか」 「何が?」 「アオシュンの子たち……本気で音楽が好きで、音楽のことしか今は考えられないんだろうなって。その……」  周囲に、聞き耳を立てていそうな人はいない。やや人気が少ない階段の下で、私は美理亜に言う。 「美理亜は……あのボーカルの、時田君が好き、なんでしょ?辛くないのかな、って……」 「……バレバレかな、そんなに。あたしが好きな人が誰かって」 「ご、ごめん……」 「いや、いいよ」  どうして好きな人を知っているのかと突っ込まれたらキツかったのだが、どうやらそこは美理亜自身が自己解決してくれたらしい。  彼女は苦笑いして、なんていうかさー、と笑った。 「報われないのは知ってんの。でも、それでもいいんだ、あたし。だって……音楽にガチ恋しちゃってる、時田君が好きなんだもん。それを捨てちゃったら、あたしが好きな時田君じゃないから」  そういうものなのだろうか。私が困惑して黙り込むと、ごめんね、と何故か美理亜の方が謝ってきた。 「そっか。モコちゃんが微妙な顔してたのはそれか。気を使わせちゃってマジごめん。モコちゃん、人の気持ちに敏感なんだね」 「そ、そういうわけじゃないんだけど……」 「うっかり気付いちゃって辛くなることってあるよね、人のキモチって。あたしも、そういうので結構悩むタイプだからわかるよ。でも……叶う夢とか恋だけが、価値のあるものじゃないって思ってるからさ。ドロドロしたものとか、失敗することとか、そういうの全部含めて自分っていうか。それも、あたしを成長させてくれるもんつーか……わかる?」 「……なんとなく」 「うん、わかってくれればヨシ!」  彼女はにっかりと笑って、私の頬を両手で包み込んだ。温かい掌から伝わってくるのは、優しい鼓動。彼女のハートのメロディーは、どこまでも強く逞しい。  知らないことを知ってしまえる自分が嫌だった。  それで傷つく誰かを見るのが我慢ならなかった。  でもひょっとしたら人間は、目の前の親友は、私が思っていたよりずっと強い存在なのかもしれなかった。 「あ、あのさ、美理亜」  だから私も、決意するのである。 「相談したいことがあるんだけど……いい?」  いつかこの静寂から、一歩踏み出せるようになるために。
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