チョコレートは高温になると

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キャンパスの廊下のダストボックスに、持ち運び用のビニール袋を捨てた。 「あっ、いたいた。白石ぃー」 大学では基礎教養ゼミという制度がある。新入生は全員参加で少人数制。 論文の書き方を学び、プレゼンテーションのしかたを教わる。担当講師には学生生活に関する相談をしてもいいらしい。 そこで同じクラスに振り分けられ、池崎とは親しくなった。 「まーた女の子たちにスイーツ、配ったんだって?」 池崎はひとことで言えば陽キャそのものだ。中学から私立に通い、都内の実家に住んでいる。 いつも大人数に囲まれて、カラオケやら合コンに馳せ参じ、複数のサークルに出入りしているようだ。要するに俺とは異なるタイプ。 「ごめん。池崎の分、もうない」 「俺はいいけども」 「女子だけじゃないよ。男もいたし、先生にもあげた」 池崎は、「スイーツ」に妙に強調するアクセントをつけて話した。 俺は、その呼び方は好きじゃない。 だって本当はそれほど甘くない。 「奥田っちにもあげたんかよー! 何者だよ、お前は」 奥田っち、は基礎ゼミ担当の教授。穏やかで人畜無害なおじいちゃんという印象だが、提出物には容赦なく赤を入れてくる。 「作りたいから作るだろ。ケーキひときれだけなんて作れないだろ。余る。ただそれだけ」 「騒いでたぜ、みどりちゃんとか」 「だいたい、他人の手作りなんて気持ち悪くて食べない奴のが多いだろ」 「は⁉ じゃ、捨てられるかもってわかってあげてるわけ」 「別に、どうでもいい」 俺にとっては捨てようが道で行きあった他人にあげようが、多少は気心の知れた大学の友人に配ろうが、どれでも同じことだった。 千秋さんが食べてくれないのなら。 「そのうち刺されるぞ、お前のような心のない男は」 「何でお菓子もらって人を刺すんだよ?」 池崎は俺をちらっと見て、ため息をつく。 「…まあいいけどもよ。レポートの再提出いつまでって言ってた? 奥田っちもさあ、1年相手にもうちょっと手加減しろよな」 悪い、明日は無理だ。 スマホ越し、千秋さんの声には仕事の余韻が確実に残って、硬かった。だから俺はこわくなって何も言えなかった。 土曜なら空いてる。 土曜日は…夕方からバイト。昼間なら。 よし、じゃ土曜な。 全然「よし」じゃないよ、こっちは。 勝手に、一方的に、作ったのだ。 チョコレートコポーと呼ぶらしい。前から作っていたけれど名称は最近知った。 固形チョコレートを、薄い金属で木屑に似た形状に削った物。 生地もクリームも真っ白なケーキを、ホワイトチョコを削って飾った。 この間は真っ黒なビターで、しかも食べてもらえなかったから。 千秋さんのことを考えていると、作りたくなる。それはもう夜中だろうが朝いちだろうが。 「白石もスノボ来る?」 後期試験が終わってしまえば、学生はかなり時間ができる。 「雪なんて実家の周りに腐るほどある」 「実家帰るのか」 新年度まで帰省する学生も多いそうだ。 千秋さんの故郷も雪が多い。 「…帰らない。バイト入れるし」 社会人には春休みのような長い休みはない。 だから千秋さんが東京にいるなら俺もいる。簡単なことだ。 「じゃあこっちにいるんだな? 春休みも。連絡するから遊ぼうぜ」 そういえばホワイトチョコで作ったコポーは、はらはらと舞う雪に似ている。
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