チョコレートは高温になると

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早起きしてしまった、土曜日の朝。 約束の時間は11時なのに。眠れなかった。 付き合い始めて約半年。週に一度会うか会わないかだから、今までに会った回数は20回足らずだろうか? こんなの、数えているって知れたら千秋さんには絶対に引かれるから秘密だ。 27歳の社会人に釣り合うように、大人がコドモを連れ歩いているって見られないように、しないと。 フード付きパーカーやチェックのネルシャツは着ない、と決めている。俺が着るといかにも田舎の高校生なんだもの。大学生にすら見えない。 チェスターコートにローファー? あまりかっちりすると、今度は就活生になってしまう。 あれこれした末にキャスケットをかぶるのをやめ、髪にスプレーを吹きかけて手ぐしで整えるだけにしておく。 最後に家を出る前に祈る。 今日は会えますように。 千秋さんの方が先に待ち合わせ場所に来ていた。奇跡かも。 遠くからしばし眺める。 前髪を固めないで、流している。イヤフォンを耳に差し込んでいる。何を聴いてるんだろ。 「ついた」と短いメッセージを送信すると、千秋さんはスマホの角度を変えて確認して、辺りを見回す。 こっちを見たとき、さっと隠れる。駅の改札前、灰色の太い柱の裏側に。 何で隠れるんだ、俺。 数秒を置いて、柱の陰から顔を出す。 千秋さんは一旦スマホに目を落として、それから顔を上げる。 ぱっと目が合う。 やばい、見つかった。何がやばいんだかわからないけれど、俺は再び隠れてしまう。 「光」 子犬を呼び寄せるくらいの距離で、千秋さんは立ち止まる。 俺はおそるおそる顔をのぞかせる。 「…千秋さん」 「こっちおいで」 しょうがないなって感じで、笑いかける。 この瞬間はいつも苦しい。息ができなくなりそうになる。 「眼鏡変えた?」 俺はやっと千秋さんの隣におさまる。 千秋さんは茶色がかった黒の、やや太めのフレームを指で押し上げる。 「今日はこっち」 普段の銀縁のも似合うけれど、今日のはぐっと柔らかい雰囲気だ。休日の昼間という街の空気も、それを後押ししている。 千秋さんの時間と隣をひとりじめできる。 「どっか行きたいとこある?」 「どこでもいい」 即答してしまってから思い出す。 「っていう答えは相手を困らせる…って聞いた」 雑誌の「真冬のおでかけ特集」に書いてあった。何でもいい、どこでもいいではプランを立てようがありませんって。 「どこで仕入れた、その謎の知識…」 面白そうにくすくすと笑う。 「俺、光といっしょに行きたい場所がある」 千秋さんからの提案。ちょっと驚く。
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