甘い物が苦手な男性には

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「飲み物持って来る。待ってて」 なんとなく、部屋に入らないで窓ガラス越しに千秋さんを見ていた。 スーツのジャケットを脱いでネクタイを外して袖をまくる。ジムの会員になったけどあまり通えていない千秋さんの腕は、充分に筋肉質に見える。 やがてマグカップを渡される。寒さの中で、もくもくと湯気が上がっている。 「ココア?」 「インスタントだけどな」 千秋さん、甘い飲み物って好きじゃないのに。 俺のために用意してくれたのだろうか。 甘くてちょっとスパイシーな香りのする湯気に顔を隠す。 千秋さんは缶ビールをひとくち飲むと、手すりに肘をかける。 「俺もお酒飲みたい」 「お酒は二十歳(はたち)になってから」 軽く節をつけて低く、歌うようにやんわりと言う。 「ありがとう」 「何が?」 「昨日さ」 もう酔いが回ったのだろうか。 「千秋さんが喜ぶようなこと何もしてない、俺」 「紙袋も紐も、取っておくから」 「紐っていうかリボンだけど…」 「そうなのか?」 千秋さんは俺が知っていることを知らなくて、俺が知らないことをたくさん知っている。 ココアは舌がやけどしそうなほど熱かった。 俺がくしゃみを続けて2回したので、室内に戻るよう促される。 ソファで千秋さんは2本目のビールを開ける。 俺は千秋さんの隣には座れない。 ローテーブルの近く、何もない床に腰を下ろして、スマホで明日の講義の確認をしているふりをする。 「明日、1限から?」 「うん」 近付いていいのか迷って、近付けない。 自分からいくのは気恥ずかしいし、千秋さんがどう思っているのかわからない。 昨夜のあの勢いはどこへいったのだろう。 怒っているあいだなら、何でも言えるのに。 それ以外の感情はうまく伝えられない。 千秋さんもスマホを取り出す。 もうすぐ11時なのだと思う。いつもどおり。 「タクシー呼んだから」 「…わかった」 「下まで送る」 また俺は手を引いて連れて行かれる。 「今度、チョコレートのカレーっての食べに行こうよ。会社の奴に聞いた」 「おいしいのかな」 「きっとおいしいよ」 エレベーターはあっという間に1階に着く。着いてしまう。 頭のてっぺんにもう一度、かるく触れられる。指で髪をすく。それから、背中に手を添えタクシーに乗り込ませる。いつも同じ流れ。 ドアが閉まる前に、1万円札を渡される。 これまでも何度も断った。そもそもまだ終電もある。けれどその都度、手のひらにねじこまれてしまう。 行き先を運転手に告げるのは、以前にやめてもらった。さすがにそのくらいは自分でできる。 そして他にもできることはたくさんあるんだけど、俺は。 「家に着いたら電話して」 まるで俺が山奥にぽつんと建つ一軒家にでも帰るような口ぶりだ。実際は同じ東京、タクシーで数十分間の距離なのに。 千秋さん自身によって、千秋さんから離れさせられてしまう、毎夜。 そんなことをされたら、抗えない。 俺はまだ知らない。 千秋さんの指がどんなふうに触れるのかを。唇の温度を。
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