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「ヤンデレ乙女ゲームが好きなんですよぉ」
それを言ったら、だいたいの人には顔を引きつられる。
乙女ゲームユーザーとひと言で言っても、趣向は好きなレーベルによってだいぶ違う。
有名王道乙女ゲームが好きな人は、大概はゲーム内でも理性を求めるから、ヤンデレ好きとの相性はよろしくない。
ヘビーハードモードな乙女ゲームが好きな人は、一見ヤンデレに理解がありそうに見えても「一緒にすんな」とキレられる。激重感情のぶつかり合いが好きな人が、必ずしもヤンデレに理解がある訳ではない。残念。
ちなみに私はヤンデレが好きだ、大好きだ。愛していると言っても過言ではない。
「……命取られそうになってドキドキするのを、吊り橋効果で勘違いするとか、そういうのが好きなんですか?」
「最近の研究発表によると、吊り橋効果みたいな緊張感ある場所だと、全然知らない異性はむしろ警戒心持つから、一定感情ない人だと効果ないらしいですよ。というかそんなんじゃないですってば。よく誤解されますけど」
思えば、メイド喫茶は残っても、ツンデレ喫茶もヤンデレ喫茶もこの世からは消えてしまった。なぜなのか。
メイド喫茶は、メイド服さえ着せていれば、たとえメイドらしい接客ができなかったとしても成立するものの、ツンデレもヤンデレも感情の落差を表すオタク用語なのだから、そんなものを喫茶店の一回の来客ごときで表現なんぞできない。そりゃ消えるわ。
「私が好きなのはヤンデレであって、メンヘラではないんですよ。よくごっちゃにされますけどね、もうたとえるならばカツ丼とこのは丼くらいに全然違いますからね」
「……どっちも卵でとじてるじゃないですか」
「肉とお揚げなんて、食感も味も違うじゃないですか! どれだけこんがり焼いてから、たっぷりの卵でとじてほかほかのご飯に乗せたとしても! 全然! 別物ですから! メンヘラはそもそも自分本位であり、相手に依存しているんです! そして病的な試し行動を取って相手を束縛しようとする! でも、ヤンデレは束縛しようとするけれど、依存するんじゃない、依存させるんです!」
ものすごく引いた目で見られた。
これだから素人は。ヤンデレとメンヘラの違いを本当になんにもわかっちゃいねえ。
「ヤンデレの行動理念は愛ですよ、愛。どれだけ病んだ行動を取っていても、病んだ言動をしていても、それで相手を攻撃しては、それはもうメンヘラになってしまうという危ういものなんです。ヤンデレはギリギリのラインでメンヘラにならない、自己犠牲で行動しているんです!」
「……ちなみにその今やってるゲーム、主人公を監禁しているけれど、それはヤンデレじゃないの? メンヘラなの?」
「いいところを突きましたね。監禁行動も、下手をしたらメンヘラコース一直線なギリギリラインです。ただ自分のために監禁するならメンヘラ。相手をこれ以上傷つけないために監禁するならヤンデレというのがベターな回答です!」
「どう違うのかさっぱりわかりませんけど??」
「実は家の外が既に滅びているのに、なにも気付かずヒロインが外に出たらどうなると思ってるんですか! 絶望するかもしれないでしょ! 真実を教えるのは果たして愛なんですか? ヒロインの耐久力テストをして合格判定してから教えなかったら、ヒロイン絶望して自殺するかもしれないでしょ! なんでもかんでも真実を教えるのが愛だと思ったら大間違いなんですよぉ!」
引いた目は、だんだん腰にも移り、腰も引けてきた。
待って。遠ざからないで。オタトークできなくなるから。
「……やっぱり私には理解できないわ。ヤンデレは」
「ヤンデレはかなり高度な属性ですからね。それが理解できない内は、馬鹿にしない限りは遠巻きでオッケーだと思いますよ、私は」
「そ、そうなの」
こうして私は、推しレーベルのオリエンタルリリィから出され、お試しプレイをした人々から「問題作」の太鼓判を押された新作『黄昏時なり我が人生』をプレイすべく、家路につくのだった。るんるん。
****
……というのが、私の前世だったと思う。
乙女ゲームユーザー自体数えるほどしかいない中、さらにコアなヤンデレ乙女ゲーム好きまで付加されてしまったら、語り合える相手なんている訳もなく、ときどき友達とヤンデレトークをするのが関の山だった。
なんで前世の記憶を唐突に思い出したかというと、推しスチルを目撃してしまい、途端に前世の溢れんばかりのオタトークが流れ込んできてしまったからである……我ながらもっと他の思い出し方はなかったのか。
私の視線の先には、私の職場たる屋敷のお嬢様、常盤様の姿が。そして常盤様とお話をなさっているのは、彼女の婚約者候補である周防様だった。
……ここ、乙女ゲーム『黄昏時なり我が人生』……通称『たそわが』の世界じゃないかと、思い出してしまったのである。
大正風ロマンの世界観で、若緑家のお嬢様常盤は突然両親を失い、莫大な財産を受け継ぐことになってしまう。しかし大正風とはいえど、大正時代は男尊女卑がそれはそれはひどいものだから、右も左もわからない常盤であったらいいように利用されてしまう。まともな婚約者を選んで、その人と一緒に家を守れという遺言の元、常盤の愛を巡って男たちが争う……という内容だった。
つまり、攻略対象たちは全員婚約者候補であり、自分を選んでもらうために、それはそれは蜘蛛の巣のように張り巡らされた愛憎が屋敷内を覆うというのだ。
このゲームの特徴は、全ルートをしないと男たちの本性がわからないというもの。
とあるルートでは攻略対象だった人が、実は別ルートで両親を殺した犯人だと発覚したり、とあるルートではただのサイコパスだと思っていた人が、実は攻略対象に入ったら重度なトラウマ持ちだと発覚したり、推しじゃないキャラも攻略しないとこの話の真相がわからなくなっているし、キャラの尊みもわからないのだ。
そんなドス重愛憎ヤンデレ乙女ゲームなもんだから、ルート入りしてないキャラは焼死体で見つかったり、ヤンデレで巻き込まれて死んだり、ヒロインだってきちんとフラグを立てないとバッドエンドに突入するんだけれど。
私はそんな中で数少ない安全圏に転生していたのだ。常盤様付きメイドの綿子だ。
さすがにスーパーヤンデレ攻略対象たちも、常盤様付きメイドを直接攻撃したりはできない。だってそもそもこのゲームの本編シナリオは、婚約者選びが基本だから、常盤様の相談相手である綿子に危害を加えた相手を、婚約者に選ぶ訳がないのだ。
……つまりは、このドス重ヤンデレ乙女ゲームの舞台で、安全圏を死守したまま、全スチルを観察できると来たもんだ。
よっしゃあと言わざるを得ない。だって乙女ゲームヒロインに転生しても、ヤンデレを観察することはできないもの。ヤンデレは落差を楽しむ属性。乙女ゲームヒロインのままではヤンデレを体感することはできないのだから、スチルを見て悦に入ることはできまい。
そう考えるとワクワクしてきたものの、私は自分の記憶を探りながら首を捻った。
「……いったい誰のルートに入っているのかしら?」
記憶を取り戻すほどの衝撃を与えてくれたスチルは、常盤様と周防様が手を繋いで庭でダンスをしている様子。
富裕層は晩餐会などにも参加するから、元々は華族出身の周防様がダンスの手ほどきをするシナリオは、まだ誰のルートにも入っていないものだった。
まあ、誰にルートにも入ってないんだから、遠巻きに見ていればいいでしょう。
私はそう自分を納得させて、仕事に戻ることにした。
常盤様付きメイドの仕事はそこそこ多い。無料で乙女ゲーム遊び放題状態なんだから、その分の仕事はしないとと思っていたのだ。
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