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その日、フィオ君はお母さんと一緒に店にやって来た。そして珍しく、ぼくより先にティッサの前に行き、話しかける。
「あのね、ティッサさん。お願いがあるんだ」
「なぁに?」
フィオ君が小さな体を限界まで背伸びしようとしたのを見て、ティッサは膝を抱えてその場にしゃがんで目線を合わせる。すると、フィオ君は彼女の耳元に口を寄せる。これぞ、本当の「内緒話」。
ティッサはちょっとだけ困ったような顔になって、お母さんを連れて店の前へ出た。フィオ君に「トイトイと遊んで待っててね」と声掛けをして。
夜、店を閉めてからすぐ、ティッサはぼくに相談があると言い出した。自分のご飯も後回しにして。
「実はね。フィオ君、トイトイと全く同じ人形を自分に作って欲しいっていうの」
「なんで? ぼくと話すんじゃダメなのかな」
ぼくはほとんど店の外へ出ないし、店へ来る人はたいてい、ぼくにとっても好意的だ。当然、ぼくみたいな存在に興味ないとか嫌いな人は、そもそもお店に来たりなんかしないから。こんな話を聞かされるのは生まれて初めてで、ちょっとだけ悲しい気持ちになった。
「フィオ君、体が弱いじゃない? 建物が密集していて埃っぽいフィラディノートの環境が合わなくて、療養のため、ノエリアックへ引っ越すことになったのよ。それでトイトイにもう会えなくなるのが寂しいから、私におんなじ人形を作って欲しいんだって」
ノエリアックっていうのはR大陸最奥に位置する、大きな湖とそこから引いた水路で町中を巡らせた「水の都」って呼ばれてる避暑地だ。確かに、フィオ君の体のためにはここよりずっと良さそう。
「フィオ君に、トイトイのきょうだいを作ってあげてもいい?」
「もちろん、いいよ!」
「トイトイは嫌じゃないの? 自分と全く同じ存在が、別の場所で同じことして生きてるなんて」
「どうして? ぼくはおもちゃだよ? 人間が楽しく遊ぶための」
「……トイトイがそう言ってくれるなら、作ってあげることにするね」
「喜んでくれるといいなー」
「そうだね……」
せっかく良い依頼をいただいてぼくだってそれを拒否しないで話がまとまったはずなのに、ティッサは未だに浮かない顔だ。
「もしかしてティッサ、まーったくおんなじぼくをもうひとつ作らなきゃいけないのって、楽しくない?」
これは自慢じゃなくて誇りなんだけど、ティッサの人生で作り上げるたくさんの作品の中で、ぼく、「トイトイ」っていうのは最高傑作なんだ。他者からの評価に関係しない、ティッサ自身にとっての宝物って意味で。
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