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美しいロバがいた。
世界で一番美しいロバであると、ロバの間では評判だった。
ところが彼は、今の姿に満足していなかった。
いつもため息をつくばかり。
ロバであるというコンプレックスは、日を追うごとに深まった。
彼は字を読めなければ書くこともできず、
いくら学ぼうとしても頭に入ってこない。
彼が思いつめていたとき、森の神様が現れた。
彼は思い切って、森の神様に尋ねてみた。
「森の神様、なぜ私はロバなのでしょう? ロバでいたくありません。ロバの仲間に美しいと言われてもしかたないのです」
森の神様は微笑みを浮かべながら、
「美しいロバよ、お前にはロバなら誰もが羨む美貌がある。それで満足すればよいではないか。お前はお前が手に入れるものではなく、お前にあるもので何ができるのか考えなければならないよ」
彼はロバとして、自分にできるものはなにもないと思っていた。
唯一の望みは、ロバそのものでなくなることだった。
森の神様は目をつむり、彼の蹄のそばにそっとサイコロを置いた。
変わった形をしたサイコロだった。
「お前にこのいびつなサイコロを贈ろう。神様になれるよ」
神様になりたいわけではなかったが、
ロバでいるよりかはましだと思って、彼はサイコロを受け取った。
今まで、これといってやりたいことがなかった。
サイコロを振るという仕事ができて、内心喜んでいた。
「このサイコロを振って、68が出れば、お前はロバをやめることができるよ」
森の神様は今までと変わらない愛情で彼を包みながら、
やわらかいまなざしとともに消えていった。
彼は文字も数字も読めなかったので、
68という数字がどこにあるのかわからなかった。
彼の後悔が増すごとに、
鬱蒼とした森は、まるで光の入り口を少しずつ失っているかのようであった。
森の神様と一緒にいたとき、
どうして聞けなかったのだろう。
彼はロバとしてあまりにも孤独で、
他のロバにも尋ねることができなかった。
68と刻まれているのは、どの部分なのだろうか。
彼は死ぬまで、
いびつなサイコロを振って過ごした。
68という数字がいつか、
ロバという自分を解放してくれると信じて。
美しい彼がただひたすらいびつなサイコロを振る姿は、
日の光が届かない森の暗闇と対照的であった。
光の少ない、寂しい森におびえていたロバたちに、
彼の光るほどまぶしい姿が勇気を与えていた。
彼のお墓には今でも、いびつなサイコロが飾られている。
68という数字はサイコロのどこにも刻まれていない。
サイコロにはただ、彼の美しさによって救われたロバたちの名が記されているのであった。
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