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必要なものはすべて塔内に運ばれて、彼女が外へ出ることは決してない。
「君にそんな話を吹き込んだのは誰だ」
「シェフよ。あのひと、お話がとても上手なの」
「……あいつか」
国民は聖女の姿をあれやこれやと想像している、とアレクサンドルはフルールに語ったことがある。
反対に、フルールは塔の外へ行くことを日々想像しているのだ。
「昔はまだ力の制御がうまくできなかったのよ。もう今なら王国じゅうに大雨を降らせて、いたるところを水没させたりなんかしないわ」
「信用できない」
宝石のように深く輝く黒い瞳、すっと通った鼻梁。少しだけ骨ばった顔の輪郭。
美丈夫とも称えられるこの神官の名は、アレクサンドル・ドゥ・ラ・テーラ=コンティナン。この国の第二王子であり、次期神官長とも噂されている。
すらりと伸びた背と引き締まった体躯は、神官よりも騎士向きだと国民は口を揃えて言う。
フルールとアレクサンドルは同じ年に生まれ、同じ家庭教師の下で学んできた。
つまりは旧知の仲、幼なじみでもある。
アレクサンドルは容赦なく言葉を続けた。
「今の君がうまく力を制御できていると考えているのは、この塔のおかげだ。この塔は君の巨大な魔力を制御してもいる。ひとたび君が外へ出てしまえば、今度こそ王国は滅びの危機だ」
「ちょっと待って。わたしは聖女なの? それとも、魔王なの?」
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