懐かしの等持院

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 しんと静まりかえった霊光殿の中は、暖かな方丈よりも気温が低く感じられた。 静謐とした二十四の瞳に見つめられ、知らず、背筋が伸びる。  等持院(とうじいん)――足利将軍家の菩提所であるこの寺院には、歴代足利将軍の像(ただし五代義量と十四代の義栄は除く)が安置されている。  隣接する立命館(りつめいかん)大学は、多くの学生が行き交い賑やかだけれど、このお寺は別世界のように静かで、私のお気に入りの場所だった。  念願だった京都の大学に入学した私は、この三年と半年、あちこちの神社仏閣を観光して回った。初めて等持院を訪れ、霊光殿に入った時は、身震いするほど感動したことを覚えている。  じっと佇んでいると、彼らの声が聞こえてくるように感じる。今日はさしずめ、不甲斐ない私を叱責しているといったところだろうか。  小さく溜め息をついた時、 「やっぱりここにいた」  突然、背後から声をかけられ、私はびくっと肩をふるわせた。ぱっと振り向くと、大学の同級生で、私の交際相手でもある三波陽平(みなみようへい)が、呆れ気味の笑みを浮かべて立っていた。 「三波君」 「待ち合わせ場所に行っても、いいひんのやもん」 「えっ? もうそんな時間だった?」  私は慌てて腕時計を見た。時刻は十四時を回っている。  今日は、びわこくさつキャンパスに通う三波君が、久しぶりに衣笠キャンパスに来るというので、会おうと約束をしていたのだ。 「ごめん。ぼんやりしてた」 「ええよ。談話室とか食堂とか探しても見つからへんかったし、たぶんここやろと思って来てみてん。予想的中」 「三波君、勘がいいね」 「坂木はほんまにここが好きやもんなぁ」 「うん。なんだかね、ここに来ると、ちゃんとしなきゃって気持ちになるの」 「足利将軍に発破かけられる感じ?」 「そんなとこ」  私は足利将軍たちの前から離れると、三波君のそばへ近づいた。三波君が先に霊光殿を出て、私もその後に続く。
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