第1話

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第1話

玄関からお邪魔しますと声が聞こえて、どたどたと騒がしく階段を駆け上ってくる足音に、戸坂直紀はベッドに寝転んで捲っていた雑誌から顔を上げた。 最後の一段で縺れたらしいそれが部屋の前で止まり、ほぼ同時にノックもなく開けられたドアから間抜けな顔が飛び込んでくる。 「うぅ、直紀ぃ……ゆいちゃんに振られたぁ……」 「……は?」 情けなく眉を下げてしょんぼりと項垂れているのは須佐祐介といって、部屋主である直紀の幼馴染だ。おぼろげな記憶では幼稚園の頃からよく遊ぶようになり、小学校の高学年になると今のような関係ができていたため、本人たちからすると腐れ縁という表現のほうが正しい。 いずれ途切れると思われていた付き合いも、中学を卒業してから同じ高校になった時点で継続が確定した。さすがに2年生になってクラスは離れたが、それでなにが変わるわけでもなくて、当然のように連絡も入れずいきなり部屋を訪れるのだ。 「振られたって、まだ1ヶ月くらいだろ?」 「な、長さなんて関係ないじゃん! 慰めてよー!」 「なんで俺が」 ついに先月初めての彼女ができたらしい。ふわふわとした可愛らしい雰囲気の女子と一緒にいるところを、教室前の廊下で何度か見かけたことがある。もともと人懐っこい犬のような性格をしている裕介は、傍から見てもわかるくらいに浮かれていて、ここ数日音沙汰がなかったのもそれが理由だと思っていた。 学校では互いにそれぞれの友達とつるんでいるため、登下校も偶然会えば同行するだけで、別段待ち合わせることもない。あまり詳しくは知らないけれど上手くいっているものだと認識していて、もやもやとする気持ちに比例し、中学から開け始めた直紀のピアスホールがさらに2つほど増えたのも同時期だった。 髪は染めておらず、たまに授業をサボるくらいだが、態度が素っ気なくて耳に複数のピアスをつけているクラスメイトに気軽に話しかけられる相手は少ない。そのせいか高校では共通の友達が少なくて、破局の話はまったくの寝耳に水だった。 ベッドの上で座り直し、すぐ前の床にへたり込んだ祐介にようやく雑誌を閉じる。仕方なく話を促せば、大人しくなった彼が唇を尖らせた。
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