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「……向こうは俺に心配されたくもないだろう」
ふらりと庭園に出た。
すでに季節は春の終わり、夏の気配がする。
リーゼが世話をしていた畑にいくつか芽が出ていた。
夏に実る作物だろうか。
それがなんの芽なのか、わからないが、手ですくい、鉢に入れる。
以前ならば、手に泥がつくのも不快だったが、もう俺は伯爵ではないのだ。
庭仕事をするような道具ひとつさえも持たない貧乏人。
借金を清算するため、すべて売り払ってしまったのだから。
だが、鉢をひとつだけ持ち出すことを許してほしい。
リーゼが残した芽――小さな鉢をひとつ抱え、生まれ育った伯爵家を後にしたのだった。
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