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最後の面会
こんばんは と問いかけても、君が目を覚ますことはない。
こうなることは分かっているつもりだったのに、いざその時になると、微力ながら胸騒ぎがしてしまう。
どんなに泣こうが
どんなに憤ろうが
この現実が変わることはないのだ。
酸素マスクの無情な機械音が響く個室。君が少しでも穏やかに過ごせるように、私はそっと窓辺に腰を下ろした。
君は生命力に満ちていた。
自分が、どこで生まれた誰なのか。
これまでどんな人生を歩んできたのか。
なぜここにいるのか。
初対面の私に向かって、あっけらかんと話す君に少しく嫌悪感を感じたぐらいだ。
一度 聞いたことがある。
「なぜ そんな簡単に運命を受け入れるのか。」と。
君は表情一つ変えずに言った。
「運命に抗うことが許されないなら、残りの時間を僕らしく生きたい。」と。
それはまるで、命が尽きる瞬間を今か今かと待ち望んでいる狂気・・・と、切なさを兼ね備えているようだった。
私は、それ以上の詮索をやめた。
君は描いていたような姿とは全く違う人生を送ってきた。
だから 与えられるんじゃなくて自分の力で幸せになりたいって
君の生命力は そこから来ていたんだと思う。
私は君じゃないから
君が何に喜んで 何に悲しむのかはよく分からなかったけれど
君の語る話を
どこかで楽しみにしてたんだ。
君は本を読むのが好きだった。
いつか本に関わる仕事がしたいって
周りの目を盗んでは書き続けて
私に見せてくれた。
私は本に詳しくはなかったけれど
ここが面白いとか ここがもっとこうしてほしいとか
正直に言っていたと思う。
君の書く話を
どこかで楽しみにしてたんだ。
だから
もうそれが全て聞けなくなるって
もうそれが全て見れなくなるって
思えば思うほど
胸がキュッと締め付けられる。
きっとどこかで
私は君のことが好きになっていたのかもしれない。
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