二人のジクウ

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二人のジクウ

 ジクウは、夜回りをしながら物思いに(ふけ)っていた。  夜の(とばり)が降りると、家々の灯が往来を照らす。  道を()うように、木々の影が伸びて物の()のように揺らめき動く。 「小僧……」  おぼろげに現れた、人魂のような光が語りかけた。 「爺さんか」  徐々に形を帯びて、顔が現れた。 「お前の法力値は12,500だったな。  もはや現世の妖魔に後れを取ることはあるまい」  ジクウは頭を()いて照れくさそうに笑った。 「ニッコウ様は、推定法力値55,000になったから、差が開くばかりだよ」  剃髪(ていはつ)の老爺は背筋をピンと伸ばし、目は(らん)々とギラついている。  ボロボロの袈裟(けさ)には、無数のささくれと血痕が()みついていた。 「小僧。  ニッコウの元にお主を預けて、正解だったのう。  10代にしてここまで成長するとはな」  ジクウは後ろの闇に目をやった。  家々の屋根からこちらを(うかが)う影が増えていた。 「やっぱり、爺さんは凄いな。  僕よりずっと、人気者だ」  空には星が出ている。  影絵のように木々が揺らめき、神秘的な風景が少々センチメンタルにしていた。  そんな気分を台なしにする、悪鬼羅刹の類が自分たちをつけ狙ってきた。 「なぜ、妖魔は僕たちを狙うのだろう。  できるならば、穏やかな家で暖かい布団に入って眠り、普通の人間になりたかった」  夜回りをしながら、無数の妖魔を闇に(ほうむ)ってきた。  両手を開き目を落す。  戦いに明け暮れる割には、きれいな白い手である。  だが、血で汚れ殺戮に染まった手には血がにじむように写った。  もう一度空を仰ぐ。 「小僧。  人間には、天命というものがある。  ワシらは、妖魔を退け平和を取り戻すという ───」  言いかけたとき、2人めがけて数十体の妖魔が一斉に踊りかかる!  ジクウが印を結ぶが早いか、妖魔たちは光に包まれ消滅していった。 「今の、爺さんが……」  ジクウは目を見張った。  マントラも、動く気配さえもなく妖魔を消し去ってしまった。 「少々頭にきてのう……。  人がいい話をしようとしたときに邪魔するところは、妖魔らしいがのう。  今夜はもう出てくるまい。  小僧。  一緒に来るがいい」  大師が見たことのない印を結ぶと、ジクウの身体が足元から徐々に消えていった。  鳩尾(みぞおち)の辺りに圧迫感を感じ、身体が捻じれる。  大きな板間の部屋に現れた身体は、ふわりと床に舞い降りた。  見覚えのある広間。  そう、祓魔師として生きる道を選んだ日、この広間でマントラを授けられた。  天井が高いのでまるで空まで通じているように、闇が深い。  目の前には、燦然と(さんぜん)輝く黄金の大日如来像。  ここは、金剛高野山の本堂だった。 「ジクウ」  アシュラと源次もやってきた。
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