究極のマントラ

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究極のマントラ

 静寂が心を落ち着かせ、ジクウの脳裏をかすめた不安を和らげていく。  大師が立ちあがり、向き直った。 「さてと」  目にも止まらぬ速さで印を結ぶ。 「オーム……」  魔界の平原が視界に現れた。  空は朱に染まり大地は荒れ、ところどころひび割れていた。 「魔界のことを知るには、行ってみるのが一番だ。  そして、法力値を上げる手っ取り早い方法も、魔界に行くことだ。  話をしながら進もう」  大師は気軽に散歩でもするように歩いて行く。  どれほどの実力を持つのか測りかねるが、(みなぎ)る活力を立ち居振る舞いから感じさせる。  まったく臆することなく、敵地で歩を進める者をどう捉えるだろうか。  命知らずか、それとも神か。  不思議と源次も向かうところ敵はない、といった気分になって付いて行くのだった。 「それぞれ、法力値を確認しよう。  ジクウは12,500になった」 「アシュラは2,400です」  アシュラも何度か魔界で戦い、大きく成長していた。  炎を統べる火天の化身として、妖魔に恐れられる祓魔師の一人である。 「拙者、飛垣 源次、800になりました」  源次は常人の何倍も修行して、驚異的な速さで法力を獲得していった。  元々剣の才能が豊かで、黙々と稽古する性格から、何でもすぐに吸収して自分のものにできる。 「肝心なことから話す……」  ただならぬ空気を察して、皆辺りを窺う。  近くに妖魔はいないようだった。 「すべてのマントラを含むとされる、ガヤトリ・マントラ。  最も古いとされ、最高峰とされておる」 「ガヤトリ・マントラ ───」  聞いたことがない名前だった。  最高神は大日如来であり、金剛界と胎蔵界をそれぞれ統べると教えられていた。 「大日如来よりも位が高い神がいらしたのですか」  アシュラが問う。 「そうとも言えるが、少し違う。  体系が違う神なのだ。  太陽神サヴィトリを称えるマントラにあたる」 「太陽神と言えば、摩利支天(まりしてん)だと思っていましたが ───」  源次は摩利支天の真言(マントラ)を与えられた。  剣の神でもあり、圧倒的な力で妖魔を退けるとされていた。  大師はニヤリと笑みを浮かべる。 「マントラの謎解きをする。  余人にはあまりせぬことだが」  歩きながら、地平線の辺りを油断なく見まわす。  大師の力なのかわからないが、まったく妖魔の気配がない。 「知っての通り『オーム』は、宇宙の始まりの音だ。  そして、マントラを唱える ───  ブール ブワッ スヴァハ  タット サヴィトゥル ヴァレーンニャム  バルゴー デーヴァッスヤ ディーマヒ  ディヨー ヨー ナッ プラチョーダヤート」  口々に繰り返す。  限られた者に許される、究極のマントラ。  長いが、言葉は単純なように感じられる。 「現実の世界である物質界は、妖魔が()む魔界を含む。  そして、心の世界。  妖魔は人間の負の感情が淀み、かたちを帯びた者たち。  ある意味、人間と違い精神が作った存在だと言える ───」  マントラの背景にある哲学の深みを感じずにはいられない。  魔界とは、妖魔とは人間の心が作りだした世界なのだろうか。  想像力は無限である。  心が無限に変化するように、この魔界も変わり続けるのだろうか。 「すべては因果に満ちている。  理想、願望などの『意志』が未来を作るが ───」  ジクウは大師に目をやり、呟いた。 「因果を超えた絶対真理 ───」 「そうだ。  究極のマントラの正体だ。  物事の起こりにも、行く末にもこだわりを捨て、直観するのだ  究極の精神をもって ───」
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