変人たちの狂詩曲

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 僕はふらつく足取りで、アパートの階段を一段一段上がった。まるで絞首台の階段を登る死刑囚の気分だった。  全て嘘。僕はメルヘン。ただの馬鹿。  僕は繰り返しながら、どうするべきかを考えた。部屋の前の前に立ち、僕はハッとして顔を上げる。  もしかすると、男は女に嘘を吐いたとは言えないだろうか。死を恐れる僕だからこそ、不老不死というもに憧れを抱いている。だけど女は違う。死にも生にも囚われていなさそうだった。男の発言を信じない女に対し、冗談であると取り繕っただけで。  そう考えると、男も孤独なのだと思えた。僕と同じで。  アパートの扉を開ける。部屋は無音。人の気配はする。中に入ると、男は体を横にして布団で寝ていた。  背を向けている男を見下ろす。可哀想だと思った。僕以外の誰からも信じて貰えず、ずっと生きてきたこの男が――  気付けば僕の目から涙が溢れていた。その冷たさに、解放してあげられるのは自分だけだと思い知らされる。  今度は僕がその運命を背負ってあげなければいけないと。やっと終わりにしようとしていた男を止めてしまった僕の唯一出来る罪滅ぼし。  あの女は僕を「可哀想だ」と言ったけど違う。この男の方がもっと哀れな存在だ。  僕はキッチンから包丁を持ち出すと、男の傍で膝を付く。  癖の強い黒髪を指先でどかし、首元を晒した。男は微動にしない。男の横顔を見ていると、何だか微笑んで見えた。まるで、僕が今から何をしようとしているかお見通しなように。  僕は男の首に包丁を突き刺した。男が声を上げる。ひと思いにと思っていただけに、申し訳ない気持ちが込み上げる。早くしなければと、僕は何度も男の首元めがけて刃物を振り下ろした。  男の動きが止まった所で、僕は息を吐く。男がどうやって人魚を食べたのか分からない。焼いたのか、煮たのか。がむしゃらだったから、そのままだったかもしれない。  分からないけれど、分からないなりに僕は、真摯な態度を持ってして全てを食すつもりでいた。  僕は目を閉じて、男に向かって手を合わせる。 「頂きます」  僕の人生のはじまりに感謝。
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