変人たちの狂詩曲

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 一人の人間の命を背負うのは、お前には大きすぎるんじゃないのか。  橋から身を乗り出していた男はそう言って、僕を蔑んだ目で見下ろした。 「それにお前も、目的は一緒なんだろ」  僕は反動に尻餅をついたまま、彼の黒い影を見上げていた。後ろ手についた掌が、冷たい地面の上でヒリヒリと痛む。 「……見ていられなくて」  男は今にも橋から飛び降りようとしていた。この下はダム。轟音がすぐ近くに聞こえてくる。落ちたら一溜まりも無いのは簡単に想像がつく。気付いた時は、咄嗟に止めに入っていた。男が言うように、目的は同じはずなのに。 「俺はもう充分に生きた。お前と違ってな」  男はそういうけれど、僕とあまり変わらない二十代前半に見える。秋口になろうという時期。肌寒い夜に、半袖のTシャツと黒のパンツ姿。街灯に照らされた横顔は青白く、長めのくせっ毛から覗く目からは、生気が乏しい。 「俺はもう百年以上生きてるんだ」  その一言で男は少しおかしい人なんだと、僕は違った意味で納得した。だけど同時に、周囲の人間から変わり者だと言われて生きづらさを感じていた自分自身と重なっていた。 「嘘じゃない。俺は人魚を食ったから、寿命じゃ死ねないんだ」 「……人魚?」 「知らないのか? 人魚には不老不死の力があるんだ。俺が住んでいた村は昔、飢餓に陥って――」  ダムの騒音と真っ暗な闇が周囲を漂う中で、男は訥々と自分の半生を語っていた。  男は百年前に、小さな村に暮らしていた。日照りが続き、作物が取れずに困っている時に、近くの海辺に打ち上がっていたのが人魚だったそうだ。 「その人魚は死んでいたんだ。上半身裸の女で下は魚の鱗のついた鰭になっていた」  男は当時を思い出したのか、顔を不愉快そうに顔を顰めていた。  その人魚を村人全員が食べたのではなく、この男とそれから弟の二人だけらしい。 「生き延びるにはそうするしかなかったんだ。他の奴に言ったら取り上げられると思って言えなかった」  異形ともいえる人魚を食べなければならない程に飢えていたという状況が、今の現代においては想像しがたかった。だけど、光のない男の目を見ていると嘘だろうと指摘することは出来なかった。 「だけど弟は、人魚を食ってすぐに死んだ。俺だけは死ねずにここにいる」  僕は男の話に耳を傾けながら、気付いた時には自分がここに来た目的をすっかり見失っていた。
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