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僕は小さい頃から人一倍に、死に対する恐怖が強かった。何故人は死ぬと分かっていて、生まれてくるのか。死んだらどうなってしまうのか。そのことばかりが僕の頭の中をグルグルと駆け巡っていた。
だからこそ僕は、いつか死ぬという不確定要素による恐怖から逃れるべく、自らの手と意思を持ってして、死を迎えようと思っていた。
男から「お前は何でここに来たんだ」と聞かれてしまい、僕は男にそう語った。本当はもっと男の話を聞きたかった。だけど男は「素性も知らねぇ奴にそれ以上は言えない」と言って、僕の問いにはこれ以上答えてはくれない。仕方なく僕は自分の陰の部分を口にしたのだった。
男はあっさりとした口調で、「生き続けるのも困りもんだけどな」と言った。
気がつけば空は青みがかっていた。これ以上ここにいても、誰かに見つかる可能性が増す。立ち入り禁止ではないが、明らかに不審であることは間違いないはずだ。
僕が帰るというと、男は行く宛がないと言った。
「帰る家がないんだ。仕事を首になって、寮を追い出されたからな」
不老不死だからじゃなくて、本当の理由はそれじゃないのかと疑いたくもなった。だけど、もし本当ならば――興奮の火種が僕の中で燻っていた。
「……狭くてもよければ」
自分でも信じられない言葉が、僕の意思より先に飛び出していた。
「おお、助かる」
遠慮という感情が一切無い、すがすがしいぐらいの即答に僕は我ながら後悔の念が湧く。自分でも馬鹿な真似をしたと分かっている。でもそれ以上に、ここで男と別れるのが惜しい気もしていた。
それから僕たちは霧の立ちこめるダムから離れて、歩いて町まで戻った。行きは近くまでタクシーを使っただけに、街に戻ったときには既に昼を過ぎていた。
寝ずに明かしたこともあって、眠気と怠さは終始つきまとっていた。
近くにあったカフェを見つけるなり、吸い込まれてしまうのも無理もない話だ。
「金なんて物は、俺が生まれた時代は意味なんてなさなかった。ただの紙切れとおんなじ。畑で野菜を作って食うか、その野菜や着物を交換して手に入れてたからな」
美味そうにナポリタンを頬張りながら男が言う。男の生きてた時代が百年前とするなら、おおよそ大正時代ぐらいだろうか。確かにそのころならまだ、都心との格差も大きかったに違いない。
だけど僕がそれを指摘すると男は首を傾げて「もう大分昔の話だ。何年だったとか、何時代だったとか覚えちゃいねぇ」と言って、フォークをくるくると動かす。
「病気になったり、怪我をしたりするの?」
僕は質問を変えた。
「なるし、怪我だってする。血も流れるさ。試してみるか」
男が置いてあったナイフを手に取ると、自らの手首に当ててみせる。
「ここではやめとこうよ。迷惑かかる」
「確かにな」
男がにやりと笑うと、ナイフを置いた。
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