変人たちの狂詩曲

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 男との生活が半年過ぎた。  その日僕は、体調が悪くて仕事でミスを繰り返していた。挙げ句の果てには、帰されてしまい、失意にくれながら夕暮れの道を歩く。  初冬を迎えたせいか、周囲がやたら寒々しく白っぽく目に映る。何十年と着ているダウンの前を掻き合わせ、僕はぼんやりと歩みを進めていた。  入り組んだ住宅地は人通りが少ない。だから男の姿を目にした時、僕は一発でその存在に気付く事が出来た。隣には女性がいる。男と腕を組み、耳障りな笑い声が響いていた。  さすがの僕も、帰らない方が良いと察していた。仕方ないと踵を返しかけた所で、「メルヘンな奴でさぁ」と男が言った。「俺が不老不死だって嘘を、未だに信じてやがる。メルヘンというより、ただの馬鹿なのか変人なのか」  嘘、という言葉に、僕の心臓が存在を大きくした。同時に胃の底から湧き上がる吐き気もあり、僕は違う、落ち着けと次に続く男の発言を求める。 「あんた、最低ね。お金出して貰ってる癖に」 「アイツが好きでやってんだよ。バイトも始めたし、自立支援してやったようなもんだな。そう考えると、俺って創作の才能があったのかもな」 「人魚を食べて不老不死だっけ? そんなこと思いつくアンタの方が変人じゃない。その子が可哀想になちゃう」 「俺だって、信じると思わなかったんだ。腹いせにからかってみたら、こうなっちまった。お前も無闇やたらに、人を信じるんじゃねーぞ」  二人がアパートの階段を上がっていく。カンカンカンという音がいつもの倍になり、僕の耳に響く。僕はアパートの前で立ち止まり、二人が部屋に入っていくのをただ見つめた。  頭の中がぐちゃぐちゃと聞こえなくても、掻き乱されていて、僕は電柱に手をついて地面に向かって吐いた。ひたすら吐いて、吐いて―― 「うわっ」っと言う声に、やっと僕は意識を取り戻す。  さっきの女が僕の方を引き攣った顔で見ていた。 「……あの人は」  焼けた声を出すと、女が「もしかして」と黒く縁取った目を見開いた。 「あなたがメルヘン君?」と女が言い、僕が返答をする間もなく「あの男は不老不死じゃなくて、ただの寄生虫だから」と続けた。 「あんな男の言うことなんて、信じちゃ駄目よ。追い出しちゃいなさい」  それから女は「これあげるか」と言って、レースのついた白いハンカチを僕に渡してくる。  最後に女は「頑張ってね」と言い残して、足早に立ち去った。
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