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キラキラ光る冬の天の川がそのまんま降りてきたみたいなイルミネーションでいっぱいの街道を、ポケットに手を突っ込んで足早に駆ける。吐息まで凍りそうな寒さで、息をする喉が痛くなる。
余りに寒い北国の平日の夜は人出もそんなに多くなくて、いるのは酔狂なカップルだけ。
あーあ、二人でいれば寒くないって? 幸せっていいねぇ……。と茶化しながらもオレも一応、これから恋人に会いに行くんだけど。
でも会うのは一か月ぶりくらいだし、セックスするぞー! って期待はあるんだけど、アイツに会えるのが嬉しいかっていうと、ちょっと面倒臭い。
だって、最近ずっと考えてんだ。
オレ、オマエの事、好きだったのかなぁ……、本当に?
周りに流されて、オマエに絆されて好きだって思ってただけなのかな?
……わかんなくなっちゃったんだよね。
外の寒くてキラキラのイルミネーションを見下ろすホテルの一室。ここは温かくて、間接照明が薄暗く内装を浮き上がらせている。ベッドの上で、オレは真っ白なシーツに包まり、隙間から照明が逆光になって薄明るく光っているアイツの引き締まった身体を覗き見ている。
ついさっきまで、オレを組み敷いて蹂躙していた身体は、高校の美術室にあった石膏像を思い出すなめらかな質感で、作り物みたいだ。その男の自分勝手で、見栄っ張りで、情けない所も知っているのに、整い過ぎた見た目と外面のせいか不思議といつまでもこれが現実じゃないように感じる。
優等生な王子様よりも、裏のある敵のサブキャラっぽくて刺激的に感じるこの見た目で、高校教師だって言うんだから狡い。当然のように一部の生徒からは熱烈に支持されていた。
オレはそんなオマエにめちゃくちゃ迫られて、今までなんとなくそんな気になっていたけど、今となってはどこが? って感じなんだ。
もちろん、嫌いじゃない。嫌いじゃないけど……。
それに、オレだってオマエに聞いてみたい。
──オレのどこが好きなの? 本当に好きなの?
オマエはまず、オレの見た目が好きなんだよな。二人きりになった一言目に『一目惚れした』って言われて心底呆れたのが懐かしい。
オレは気が強そうを通り越して、目つきが悪くて生意気そうな顔に、金メッシュ、いかにも不良ですっていう外見。見た目通りに気が強くて生意気で、間違っても好かれやすいってタイプじゃないと思うんだけど、オレがガラ悪く悪態吐くのすらオマエは『可愛い』って言った。
自分で言うのもなんだけど、多分オマエは猫を手懐けてるようなつもりだったんだろ? 野良猫を手懐けて飼い猫にするみたいな。そんでもって、野生を忘れて犬みたいになった猫を可愛がりたい、みたいな。オレの事、そういう猫だと思ってるんだろ?
なんか、そういうの解っちゃったんだよ。
オマエはさぁ、手懐けたいんだよ。生意気なヤツの牙折りたいの。
そんで、次の野良猫が現れたら、そっちに夢中になるんだろ?
しかもさぁ、自分が夢中になってんの全然気付かねぇで、オレから興味無くすんだろ?
それが無自覚なんだからタチ悪いっての。
オマエ、自分で気付いてる? 最近ヤってる時、必ず言うんだよ。
「俺にすればいいのに……」って、なんとも言えねぇ泣きそうな顔で笑ってさ。
なぁ、それ、誰に言ってるの? 本当にオレ?
他に誰かソレを言いたい奴がいるんじゃないの?
だって俺はオマエだけだったじゃん? ソレ、知ってるじゃん。
……俺以外の誰かに言ってるとしか思えないだろ。
まあ、そもそも会うのもすごい減ってるしね。前はもっと嫌になるくらい連絡が来て呼び出されてたのに、もうオレに飽きてるって思ったってしょうがないだろ。
しかもオレはオレで『ふーん、そっか。誰か他に居るんかな』みたいな。
面白くないって言えば面白くはないんだけど、でも胸押し潰されそうになったりとか、泣きたくなったりとか、オレだけ見てよとか、なんかそういうの無いんだよ。
『──まぁ、いっか』って思うの。別にいいやって。
揉めるのは面倒だし、オレから切り出すのもなぁって感じで、オマエと付き合ってる。
オマエに合わせてこうやって人目忍んでホテルなんか来て、そんなこと同級生じゃ誰もやってない。付き合う前のこと思い出しても『ヤベーなオマエ』ってことがいっぱいある。
普通、教師が男子学生口説くか? しかもオレが隙見せたら、あっと言う間に手出してきて『オマエ未成年に手出すのに躊躇いねーのかよ?』とか『オレはオマエの生徒だぞ?』とか。
……同じ学校だった時は気付かなかったんだ。
毎日、オマエのことばかり追いかけて、オマエ中心で。オマエが学校変わって、毎日会えなくなったけれど、それも学校にバレにくくなったから、なんて考えて。
でも、離れたら気付いちゃったわけよ、色んなことに。
オマエのこと、責めるつもりはない。だって、オレの気持ちもわかんねえの、オマエのこと本当に好きだったかどうか。
さっきも、オマエに抱かれて「好きだよ」なんて言ってたけど、それが本当かどうかわかんねえの。前は好きだと思ってたからさ、その延長線上で「好き」って言ってるだけ。
知ってるんだよ、もう。
好きでも好きじゃなくても「好き」って言えるし、セックスの時は「好き」って言った方がなんか盛り上がって気持ちいいような気がする。だから、オレはただオマエをイカせるために、オレが気持ち良くイクために「好き」って言葉使ってる。
もしかして、そういうの気付いてて「俺にすれば」って言うのかな? オレの適当なの、全然気持ちなんて籠ってないの気付いてて、他に誰かいると思ってるのかな?
……ま、あながち間違いでもないんだけど。
今、オレのこと好きだって言うヤツに迫られてるんだ。相手はオマエと同じ大人で、十歳くらい、もしかしたらもっと年上かもしれない。ソイツのこと好きなわけじゃないんだけど、熱心に口説いてくるから身体目当てなんだろうとも思ってるんだけど……。
……なんか『オマエとは潮時かなぁ』って感じすんじゃん?
だったら、次に行ってもいいかなって思うんだよな。
何だかんだ言って、好きだって言われてするセックスは気持ち良い。それにもう、オレ絶対自分でやるんじゃ満足できない。そしたら『次』はキープしときたいじゃん。
何だかんだ言っても……、オレ寂しがりじゃん? 一人でなんていられないと思うんだ。
あっちも、オレの身体目当てならwin-winだしな。
あーあ、どうしよっかな。久しぶりの逢瀬で別れ話なんてわざわざしなくても、ほっとけばオマエとも切れるって思ってるんだけど。
でも、二股ってのも気持ち悪いんだよな、オレは。
面倒臭いな、とシーツを抱きこんで考える。と、ギシリとベッドのスプリングが軋んで、ぐるぐるとシーツが剥ぎ取られた。
「何考えてんの、悠月?」
笑っちゃう程整った顔がオレを覗き込む。
「別にぃ。何ってわけじゃないけど」
「俺と同じ事?」
悪戯するみたいに聞かれて、なんだかなって返す。
「オマエの考えてる事なんてわかんねーもん」
「ま、そうか。まだ十六? 七? だもんなぁ……」
オマエ、オレの歳も覚えてないのかよ。
「そーだよ。ガキだからね、オマエの考えてる事なんてわかるわけねぇじゃん」
「……へぇ、ガキって認めるんだ? 前はガキじゃないって吠えてたのに」
「その分、大人になったんじゃね?」
「んー、こういうの、覚えちゃったしね?」
ニヤニヤしながら乳首を摘ままれて、ビクリと跳ねて「んぅっ」と呻く。そのまま惰性みたいに身体を触り乳首を舐める。
「俺としてはすごい惜しいんだけど、別れよっか」
胸に吸い付きながら言われた言葉に「はぇ?」とおかしな返事をした。
「俺と悠月、俺が学校変わってからあんまり会えてなかったし、あんまり俺に縛り付けとくのもね」
「……んで、別れるって?」
「うん、そう。その方がスッキリするだろう」
悪びれることなく、あっけらと告げられる。
「まぁ……そうだな、スッキリする」
自分から別れを切り出すのは面倒だと思っていたくせに、ためらいもなく告げられるとそれはそれで面白くない。……しかも、乳首は咥えたまま。
「じゃあ、今日が俺と悠月が恋人なのは今日が最後ってことで……」
そう言うと、手と唇を使って両の乳首を愛撫する。
「んっ……、ま、て……よ! おまっ、やってる事と、言ってる事、違くねぇ?」
片方を指でぐにぐにと捏ねながら、もう片方を甘噛みされて「ひっ」と声が出る。
「可愛い声、聞き治めだからね……。最後にもう一回、恋人セックスしてスッキリお別れしよ」
「はぁ!? さっき一回ヤっただろ! 意味わかんねっ、ぁっ」
「あー、この悪態も聞き納めだと思うと、一段と可愛いな」
「ぁっ、ぁっ、んっ……、や、めろっ、よっ……!」
「さっきは、最後だと思ってなかっただろ? こういうのは『これが最後』って思ってヤるのがいいんだ」
「ぁっ、ヤダ……」
「んー、素直でイイコ。もう、こっちも勃って来てるよ」
「ぁっ、あっ、やめて……」
そう言いながらも、オレは乳首を噛まれ下半身をまさぐられてだらしなく足を開いてしまう。
「止めてって言いながらこれだよ……、ほんとたまらないな。見て、もう期待して先端から溢れてるよ」
性器から溢れる透明なぬめりをグリグリと先端に塗りこめられ、オレは「ぁっ」と高い声を上げて、性器を弄る手に擦りつけた。
「な、最後だから『先生』って呼んで。悠月が俺の事一番好きだった時みたいに」
慣れた手に容赦なく性器を扱き上げられて、オレはアイツの言う通りにしてしまう。
「ぁっ、せんっ……、せんせぇ……、止めて、それっ」
「何で、止めて欲しいの? 気持ちいいだろ? 気持ちイイって言ってごらん、悠月」
「あっ……、きもち、イイ……、ぁっ、あ、ぁ、だめ、せんせぇ……」
闇雲に好きだと思っていた時の呼び方で、あの頃みたいに追い詰められて、あっと言う間に時計が巻き戻る。
「悠月に『先生』って呼ばれるの好きなんだ。可愛い、悠月、気持ちイイ? もっとして欲しい?」
「んっ、うん……、して、せんせっ」
頭のどっかで、アホらしいって、バカじゃねーのオレって思ってる。そんなんだから、こんなクズにいいようにされてるんだよ、って。
だけどさぁ、セックス覚えて一年足らずで、あっちもこっちも開発されて気持ちイイ事覚えて、それで我慢なんてできる? こっちはヤリたい盛りだし、我慢なんてできるわけないじゃん、なんて言い訳して。
結局、オレも気持ちイイこと好きだから、いいようにされてるって分かってても、気持ちイイのに流されちゃってるんだよね。
こんなのもう、全然好きじゃない。オレの恋はもう跡形もなくどっかに行っちゃった。
あーあ。ホント、バカ……。
そんなこと思いながらも、今日もう一度受け入れた身体はトロトロに開いてて、オレは身体の奥まで触れられて、ねだるみたいに甘い声を上げている。
「あっ、あ、だめ……、もうだめ……、きもちいーの、だめ、あっ」
だって、こんなになっちゃったら、もうヤるしかないじゃん。何度も何度もやってて、気持ちイイのくれるのも知ってるのに、今更嫌がったって、ホント今更じゃん。
だったら、気持ちヨくなった方が得じゃん。
オレは、自分から足を開いて先生をねだる。
「せんせぇ、もぅいれて……、なか、いっぱいにして」
「もう我慢できないの? 悠月は気持ちイイの大好きだね」
「うんっ、すき……、すきだから、ね……」
「これで最後だから、直接、悠月の事感じていい?」
「ぇ……?」
いいとか、嫌とか言う間もなく、先生の性器が後ろに捩じ込まれる。いつもしているコンドームがないだけなのに、なんとなくスルリとスムーズに入った気がする。……多分、気のせいなんだろうけど。
「あっ、ぁっ」
「気持ちイイ? 悠月の中、すごい熱くて、トロトロ……。ほら、足、自分で持って、奥まで入れさせて」
トロトロって分からせるみたいに抜き差しされて、ぐじゅぐじゅと音がした。薄い皮一枚、それだけの違いなのになんかもうびっくりするくらい滑らかで熱く感じるなんて変なのって思うけど、もうしっかり慣らされて気持ちいいだけの穴の奥をソレで刺激されて、頭の中が真っ白になる。
「ぁっっ、あぁっ、あっ、はっぁっ」
揺さぶられるのに合わせて喘ぎながら、快感だけを追いかける。だって、どうせ、オレたちにはもうこれしかいない。ただひたすらケモノの交尾みたいに気持ちいいだけで、かつてオレが溺れた幸福感はもうどこにも、カケラもなかった。
ただ激しく交わって、獣みたいな声と音だけが響く。
「ゆづきっ……」
もうダメだって、頂点の手前で名前を呼ばれた。
「きもちイイ? これ、好き?」
「ん……、……ウン……、スキ……」
先生はいつだって何度も「スキ?」って確認して、オレは「スキ」って答えて……。
何度も交わした、今となっては意味のない、ただの言葉なんだけど涙が出た。
「スキ、スキ……、ぁっ……」
「好きだよ、ゆづき……」
何度呟いても、ささやかれても、包み込まれるみたいな、一緒に蕩けるみたいな、あんな気持ちにはもうならない。
オレも先生もうわ言みたいに呟いて、ただ頂点を目指す。慣れ切った身体は同時に極めたけれど、それはただ一緒にゴールしたみたいなもんで……。
ものの一分も経たないうちに、息を整えているオレに背中を向けて、アイツは起き上がって枕元のタバコに手を伸ばした。オレのまだ開いたまんまの足の間から、ドロリとしたものが伝う感触がする。
本当にもう、何もないんだって、実感する。俺たちの間には、ささやき合って幸せに浸れるようなそれは、もう何もない。
垂れ流されている精液だって、もう嬉しいなんてかけらも感じなくて、ただただ処理が面倒くさい。
何だよ『最後だから』って。ただ生でしたかっただけじゃん。立つ鳥跡を濁しまくりって、最後だから何してもいいって? ……なのに、それで気持ち良いとかさ。
……ココロなんてもう、ほんとどこにもない。嫌って程わかった。
「……あー……、ほんっと、サイテー」
言葉に出して言ってみるけど、オレの視界は曇って歪んだまま。
「最低で、丁度いいだろ」
アイツはオレの顔なんて見もせずに、タバコを咥えたままクスクス笑って返事をする。
……なぁ、それって、優しさなの? それとも本音なの?
聞けない言葉を飲み込んだ。今更、どっちだって変わらないんだけど。
「悠月は、他に誰かいんの?」
何が、と言わずに聞かれた。でも、それが恋人とか、セフレとかそういうのを指していることはわかって「いるよ」と返事をする。……本当はまだ居ないんだけど、見栄張りたいのかな?
自分の気持ちもよくわからない。
「フーン……、俺にしときゃいいのにな」
「アンタを選んで、オレに何の得があるんだよ」
「ヤレるじゃん」
そう言って笑って立ち上がり、「バカじゃねーの」ってオレの罵声を聞きながら、咥えタバコのまま浴室に消えた。
「ほんと、バカじゃねーの……」
オレは寝転んだまま、バタリと閉まった浴室のドアに向かって呟く。
初めての恋だって、大事にしてたはずなんだけど、そんなのもうどこにも残ってなくて、あるのは空っぽの胸の中を覗き込むみたいな心許なさだけで。
「……スキ」
曇りガラスの向こうでシャワーを浴びる影に呟いてみる。けれどもう何の感情も湧いて来ない。
その事が寂しくて、オレは少しだけ泣いた。
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