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夏
蒼穹の中を一直線に太陽が貫く。拭っても拭っても汗がじわじわと全身から噴き出してくる。道の脇に生い茂る草が目に沁みる。木陰を探そうと重い足を引きずったが、そんな希望は持つだけ無駄だった。
入道雲とは夏を表す言葉だったか。首を上に向ける。空には雲らしきものが微塵もない。からりとした晴天である。
蝉とは夏に用いられる言葉だったか。耳を澄ました。頼りない陰を携える木はあれど、蝉の声は微かにさえ聞こえなかった。代わりに道端に黒い塊が転がっている。近づいて観察すると、脚があり、羽がある。蝉だ。体の上に全ての脚を揃えて折りたたんでいる。
中には最期の力を振り絞り安住の地を求めて蠢くものもいるが、ほとんどはこときれたもの達だった。
動かなくなった塊はあちこちに落ちていた。小さいもの、大きいもの。蝉だけではなかった。汗を冷やすそよ風すら吹かない中で、灼熱に焦がれた生物は無惨な姿へと変貌していた。この機を逸してはならないと表へ出たばかりに、皆このように干からびてしまったのだ。
あらゆる生命を目覚めさせるはずの太陽が、それ自身が生命を死に至らしめている。そこへ思い至った時、僕の口からは笑いが零れていた。僕もまたかの太陽の犠牲者の一人となり得るのだ。既に視界は大きく揺らめいている。陽炎のせいではないだろう。もはや足を一歩前に出すことも、手を振り上げることもできない。僕は膝をつき、地面と同化した。僕はつい先ほどまでこれほど熱いところを踏みしめていたのかと驚いた。驚いたが目は見開かれなかった。瞼が重い。ごろりと鉛のような体を仰向ける。目に映った蒼穹は、あまりに美しかった。
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