鳴女

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 天上の高天原(たかまのはら)の統治者として君臨し、手腕を振るう天照大御神(アマテラスオオミカミ)は、大国主命(オオクニヌシミコト)の統治する地上の国を、譲り受けようと模索していた。  神殿内において、最も豪華で広い『芙蓉(ふよう)の間』では、古参の八百万(やおよろず)の神々が招集され、手順が検討された。  最終的な決定権は統治者の天照大御神が持つが、年長者の経験や知恵を尊ぶのが、天照大御神の長年の方針であった。  『芙蓉の間』の障壁画は、青空で統一され、(ふすま)の下部には連なる山々や飛翔する鳥類が描かれていた。  室内に居ながらにして、無限の空間を味わえる趣向が施されていた。    上座に置かれた天照大御神の御座は、緋色(ひいろ)の絹で織られた布で覆われていた。青空に輝く太陽を表す。  御座を中心に半円を描くように、八百万(やおよろず)の神々に用意された席は、ひじ掛け付きの座椅子であった。  雲を模してあり、純白の絹で織られた布で覆われていた。  神殿の女官として長らく仕える鳴女(ナキメ)は、美しい『芙蓉の間』に魅せられていた。特に襖に描かれた『飛翔する鳥類』を眺めると心が躍った。  鳥に姿を変える神技を持つ(おのれ)が、誇らしく思えたのだ。  時間を見つけては、『芙蓉の間』を訪れた。  我が身をこっそりと鳥の姿に変えて、襖絵の仲間と同化することも、密かな楽しみであった。  天照大御神付きの女官としては、会議中は『芙蓉の間』の外で控えるのが常であった。  検討されている内容が漏れ聞こえるので、自然と(まつりごと)にも詳しくなった。    ある日、高御産巣日神(タカミムスビノカミ)から呼び出しを受けた。  最古参の神であり造化三神の一神である高御産巣日神(タカミムスビノカミ)が、天照大御神付きの女官に用事を申し付けることは、鳴女の知る限りにおいてなかった。  鳴女(ナキメ)はこの時、「(とどこお)っている国譲りに関わることに違いない」と推測した。  高御産巣日は国譲り交渉の陣頭指揮を取っていたからだ。  天空に浮かぶ天浮橋(あまのうきはし)に立つ高御産巣日の後ろに控えた鳴女は、静かに言葉を待っていた。  天浮橋からは、下界が見渡せた。  高御産巣日は振り返り、首を僅かに動かした。  鳴女は高御産巣日の隣に進み出て、共に下界を見下ろした。 「鳴女よ。地上の出雲神殿に滞在中の天若日子(アメノワカヒコ)の元へ、遣いに行ってはくれまいか」  天若日子(アメノワカヒコ)は、出雲神殿の大国主命(オオクニヌシノミコト)の元で、高天原代表の交渉役として滞在していた。  天照大御神と高御産巣日(タカミムスビ)は、弓の名手である天若日子(アメノワカヒコ)に、高天原に代々受け継がれる、強力な神力を持つ弓と矢を授けて、国譲りの交渉を託した。  ところが八年経った現在も、国譲りは締結に至らない。   交渉を有利に進めるために、大国主の娘と婚姻したとの報告はあった。  その後は、定期的な連絡さえ(とどこお)っていた。 「承知しました。天若日子から状況を聞いて参りましょう」  鳴女は両腕を交差して自らの体を抱きしめた。  その腕を大きく広げると、腕は翼に変わった。  翼になった腕を上下に羽ばたかせると、纏っていた衣が徐々に羽毛へと同化していく。  体全体が(きじ)の姿に変わると、天の浮橋から出雲神殿の天若日子の元へ急降下した。
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