鳴女

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鳴女

 混沌とした世界が天と地に分かれし時、天上の高天原(たかまのはら)造化三神(ぞうかさんしん)が現れ、次いで神代七代(かみよななよ)が現れる。  神代七代(かみよななよ)の最終組である伊邪那岐命(イザナギノミコト)伊邪那美命(イザナミノミコト)夫婦は、高天原の天浮橋(あまのうきはし)に立ち、下界に広がる混沌とした海に天沼矛(あめのぬぼこ)を降ろし掻き混ぜ、引き上げた(ほこ)からしたたる潮で、日本列島を造った。  夫婦は地に(くだ)りて、多くの神々を産む。  伊邪那岐(イザナギ)伊邪那美(イザナミ)夫婦は、この功に寄り、天上界で確たる地位を築いた。    伊邪那岐(イザナギ)は我が子の内より特に優れた三御子に、それぞれの世を統治させることとした。  天上の高天原は天照大御神(アマテラスオオミカミ)に、夜の食国(おすくに)は弟・月読命(ツクヨミノミコト)に、海原は末弟・須佐之男命(スサノオノミコト)に治めるよう命じた。  天照大御神が治める天上界の高天原には、多くの神々が暮らす。神々の総称は、八百万(やおよろず)の神。  天地開闢(てんちかいびゃく)時に、高天原に成りました造化三神の一神であり、高天原では最古株の神である高御産巣日神(タカミムスビノカミ)は、統治者となった若き天照大御神の相談役を兼ね、実質的に(まつりごと)を担った。  八百万(やおよろず)の神は、各々(おのおの)(ひい)でた分野の神技(かみわざ)を持つ。  薬となる植物に詳しい神、鏡や勾玉(まがたま)作りの神、言霊(ことだま)を操る神、祭具を作る神、歌舞音曲(かぶおんぎょく)の神など多岐にわたる。  鳴女(ナキメ)は美しい声を持つ、心の穏やかな女神だった。  一風変わった神技(かみわざ)を持っていた。  ほっそりとした体形を鳥に姿を変えて、素早く移動することができた。  統治者として高天原に移り住んだばかりの、若き日の天照大御神は、鳴女(ナキメ)に興味を示した。     鳴女は天照大御神のために、変わり身を披露した。  両腕を交差して自らの体を抱きしめ、その腕を大きく広げると、鳴女の腕は翼に変わっていく。  その翼を上下に羽ばたかせると、鳴女の姿は(きじ)に変わった。  見上げる天照大御神の頭上を、円を描くように飛んでから、地上に降りた。  頭を覆うようにゆっくりと翼を持ち上げると、片膝立ちの女神が姿を現した。  天照大御神はそれまで変わり身を見たことがなかったようだ。  鳴女は質問攻めにされた。 「そなたの衣はいったいどうなっているのだ」  鳴女の身に(まと)う衣が、変わり身に伴って羽毛となり、身体を(おお)うことを不思議がった。 「この衣は、もともと羽毛を紡ぎ織った布で仕立ててございますので、姿を変える際に、体に同化致します」 「絹の織物ではどうなのだ?」 「脱がねばなりませぬ 」  天照大御神は驚いた表情で、衣の感触を確かめたものだ。 「鳴女よ。そなたの背にワレを乗せて飛んでみてはくれぬか」  と頼まれたこともあった。 「天照大御神の頼み事でありましても、お乗せして飛ぶのは無理でございます」  天照大御神はとても残念そうな表情をしていた。  幾度か天照大御神の訪問を受けた後で、「女官として神殿で仕えることを考えてみてはくれまいか」と打診された。 「天照大御神にお仕えできるとは、光栄でございます」  (まつりごと)の中心である神殿で、天照大御神に仕えることは、とても名誉なことだ。  鳴女は喜んで承諾した。    このようにして、鳴女(なきめ)は天照大御神に仕える女官となり、長い年月を神殿で過ごすことになった。  
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