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森の中のログハウス
本当に走っている訳ではないし、息なんて切れてはないはずなのに、『はぁはぁはぁ・・・・・・』と頭の中で響く乱れた呼吸音。
これはVRゲームの演出なのか?
ガサガサガサガサ
シュッシュッ
背後から近付いてくる得体の知れない気配。背中を伝い流れる汗がひんやりして、ブルブルと身震いが起きる。
それでも逃げる。逃げる。ただ逃げる。
草木や枯れ葉を踏み荒らしながら、苦しくなる呼吸のまま必死で逃げなくちゃいけない。突如、生温かい夜風が頬を切るように通り過ぎていった。
ヒュウウッ~
背後まで迫っていた気配がフッと無くなったと思った瞬間、
ガサガサガサガサガサッ! ザンッ!
と何かが移動して、飛び降りたような音と振動を感じた。
俺はピタ、と立ち止まる。
何だ?
『ギャアアアアアァァァァーーーー!!』
大きな悲鳴が聞こえた方へ顔を向けると、木々の間から肌色の何かが飛んできて地上に落ちた。それがコロコロと、俺の足元まで転がってくる。黒い髪の毛が張り付いたサッカーボールのようなものが、こちらをジロリと見つめた。
『うわぁぁぁっ!!』
人の生首だ! 驚いたように見開かれた眼球は血走っている。口元からダラダラと流れ出る血液。切られた首の付け根はナイフのようなモノで切られたのではなく、乱雑に引きちぎられたような感じだ。
人間がこんな事できるわけがない。俺を追いかけていたモノは、人間ではなくバケモノか?
グッッチャ グッチョ
ジュルジュルッ ゴックン
深い静寂の中、不気味な音に包まれる森。
また、喰われた? 人間を喰うバケモノなのか? 俺も捕まったら喰われる? そんなのはごめんだ!
行く末が分からないまま、俺はまた地面を蹴り上げて走り出す。手元にコントローラーを握ってる感覚さえない。よく分からないが、俺はもうこのゲームの中に入り込んでいるらしい。
これがVRゲームの醍醐味と言うヤツか?
ザンッ! と地面を蹴り上げる音を感じながら、俺はただひたすらに前を向いて駆け出すだけであった。
息が苦しくて、肺が喉が悲鳴を上げている。ぐっしょり汗をかいた背中に、布地が張り付いて気持ちが悪い。今すぐにでも着ているTシャツを脱ぎたいが、一瞬でも立ち止まったりもたついていると、たぶんすぐに喰われる。それぐらいの危機感を感じている。
ずっと続いていた木々に囲まれた道を越え、少し開けた場所に出ると目の前に大きなログハウスが現れた。
ここに隠れよう。もう疲れすぎて歩けない。金色のドアノブに手を伸ばすと中へ入り込み、ガチャリと鍵を掛けた。
『はぁはぁはぁ・・・・・・』
全身に力が入らない。こんなに走ったのは初めてかもしれない。壁に手を添えながら歩く度に、ギシギシと軋む廊下。その突き当たりのドアを開けると、ボワッと血なまぐさい匂いが漂ってきて、吐き気が突如襲いかかる。
限りなく真っ赤に染まった部屋。飛び散った血液が、天井やら壁面にまだら模様を描いている。
誰かがここで殺された? でも近くに死体はないようだ。カウンターキッチンが奥にあるが、少しだけ人の手首らしきものが見えている。鼓動が一気に速くなる。さっきの生々しい生首が、脳裏を行ったり来たり。ゆっくり足を上げながら、キッチンの方へ回ってみると・・・・・・。
『うわぁぁぁーー!!』
そこにはたくさん積み上げられたバラバラの肉片が。乱雑に千切れていたり、指らしきモノはおかしな方向に曲がっている。どこの部分か分からない塊が多く、髪の毛がへばり付いていたり、腸みたいな管がとぐろを巻いていたりする。
『うっ!!』
シンクに頭を突っ込んで、胃液を吐き出す。水を流そうと水道のレバーを上に上げると、蛇口がゴボゴボと音を立てながら液体が勢いよく飛び出してきた。透明だった液体が濁ると、徐々に赤黒い液体へと変貌していく。
『うわっ! 血だっ!!』
後ずさりすると床に付着していた血の水面に足をとられ、尻もちを付いたその時。
ガチャガチャと激しくドアノブを回す音が聞こえた。
まさか、バケモノが来た? 俺は耳を塞ぎながら、身をかがめる。
ガンガン! ダンダン!
身体全体がガクガクと震撼する・・・・・・怖い。足元に積まれた死体の山。バケモノが食い散らかした人肉。俺もこんな風になってしまうのか? 生きたまま喰われるのってどんな感じだ?
バッリーン!
ハッとして顔を上げる。バケモノがどこかの窓を割って入ってきた?
ドシッ!
床に降りた音? 耳を塞ぎながら身体を震わせ、心臓が恐ろしいほど暴れ出して今にも口から飛び出そうだ。
ど、どうする? このまま殺されて喰われる? とりあえず隠れなくちゃいけない。
キョロキョロと辺りを見渡すと、勝手口の近くの床に床下収納を発見する。俺はそこに身を隠す。もう、窮屈とか真っ暗とか思う暇もない。
ただただ、怖いだけだ。
得体の知れないモノ、バケモノに殺されるという恐怖。
それを全身に感じながら、冷え固まった汗が脳みそも心臓までも凍らせてしまいそうだ。
その時、バン! とドアが開く音が、静寂すぎる部屋に響き渡った。
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