ゲームオーバー?

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ゲームオーバー?

ガリガリガリ ザッザッザッ 鋭いモノが引っ掻くような音と、床を這いずる足音が聞こえる。重量感ある足音だ。人間をあれだけ無惨に引きちぎり、喰ってしまうようなバケモノなんだ。そんなんに見つかったら一溜まりもない。 窮屈な暗闇の中、ガタガタ震える身体を丸まらせ『どうか、見つかりませんように』と祈る。冷え切った汗やら、新たに溢れ出る汗や熱く振動する心臓やらで、もう訳が分からない。冷静になれ、冷静になるんだ。落ち着け。 ビチャビチャ グチャ モグモグ グチョ ゴックン すぐ近くまで来ている。たぶん、キッチンに積んであった死体を喰っているんだ。肉なのか内臓なのか分からない赤黒い塊。それを思い浮かべると、激しい吐き気を催した。だめだ、我慢しろ。見つかってしまう。 頭を抑えると、手のひらに固い感触を感じる。これはVRゴーグル。あ、そうだ、これはゲームなんだ。怖くて逃げ出したいなら、強制終了すればいい。画面にそんな表示があるか見てみるが、そんなものはないようだ。どうすれば終了することができる?  ガリガリガリ、ガリッ ギーッ すぐ頭上で聞こえる爪音らしき音。もう上まで来てる?! こ、殺されるっ?!  全身から噴き出す汗と、暴れ狂う心臓を感じながら、俺は両手でVRゴーグルを掴んだ。このゴーグルさえ外せば、この恐怖から今すぐに逃げられる! しかし、力いっぱい引っ張っても外れない。それはまるで、ゴーグルが接着剤で額にくっ付いているみたいに。 痛い、痛いっ! 皮膚が引っぱられて剥がれてしまいそうだ。どうする?! 爪音がしない・・・・・・気配も感じないぞ。まさか、諦めて違う部屋を探しにいった? とりあえずここから出てみて、バケモノがいなかったら勝手口から出て逃げ出すか? またいつ見つかるかも分からないんだ。 というか、これはゲームだ。ゲームなんだよ。ははは、現実じゃないから、本当に殺されることはないんだ。何をそんなに怖がってんだよ、俺は。俺に怖いモノなんてないんじゃなかったのか? ははは、本当に自分で自分が呆れてしまう。 そうっと床下収納の扉を開け、バケモノがいない事を確認してから外に出る。シンクの前には、バケモノが食い散らかしたであろう死体の残骸が散らばっている。床に広がっている血の池の向こう側。向こう向きに付いているいくつかの赤い足跡。人間では作ることができない大きな足跡を見て、一瞬で全身が怖気立つ。 部屋中に気配を感じない。 よ、良かった・・・・・・。俺は勝手口の方をゆっくり向いた。 その時、背後から獣の匂いが漂ってくる。 生臭い匂いもする。 後ろに何かがいる・・・・・・。   ポタポタ、ポトッ・・・・・・ バケモノの涎? 唾液が垂れ落ちる音が静寂の合間に聞こえる。手を伸ばせば、すぐに勝手口だ。それか、もう一度ゴーグルを外すか?  それにしてもすごい殺気を感じる・・・・・・。 バケモノは俺の動きを見ている。次動いたら、絶対に襲われる。背中を伝い流れていく冷たい汗を感じながら、俺は右足を静かに上げて両手で頭を掴んだ! ザッ! 後ろで床を蹴り上げる音がする。同時に俺はゴーグルをすごい勢いで頭から引き離した。 「痛っ!!」 ガンッ! 飛んでいったゴーグル。 戻ってきたんだ現実に。 「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・よ、よかっ・・・・・・」 ザシュッッ!! 眼前を覆い尽くす真っ赤な波形。それは自分の胸辺りから放出されたかと思うと、すぐに引き抜かれて背中からも放出される。 生温かい血の雨の中、後ろを振り向いてスローモーションで倒れていく俺の身体。ここは俺の部屋だ。 なのに、どうして?  鼻腔を刺激する獣の匂い。ボタボタ垂れ落ちる粘り気ある涎。口の中には鋭い刃の牙が規則正しく並ぶ。ゴリラのように長い腕は、毛むくじゃらの巨体からいくつぶら下がっている? 今にもこぼれ落ちそうなギョロギョロした眼球は、あっちを見たりこっちを見たりと、いくつあるのか分からない。異常なほど曲がった猫背には、ラクダみたいなコブがいくつもボコボコ飛び出ている。その向こうには、気味の悪い尾っぽが付いているのかもしれない。 想像していた以上のバケモノ、醜いケダモノだった・・・・・・。 ボンヤリとしていく意識。おとなしくなっていく脈拍。身体に感じる異常な圧力は、バケモノが馬乗りになってきたから。そいつの毛並みが頬にファサと触れると、生乾きのぞうきんみたいな、違う、血なまぐさいぞうきんというべきか。鼻がひん曲がる異臭がした。 耳元に当たる生ぬるい息。 聞こえてくる低く酷くくぐもった胴間声。 “ワシガコワイカ? ニクイダロ? ソノニクシミヲ カテ二シロ。ツギハマカセタ” ◆◆ ハッと目を醒ます。 背中に感じる夜露。 立ち上がると前足に絡みつく草。 深い森の中。 頭上に浮かぶのは、紅い紅い満月。 奥深い憎しみが心に宿っている。それは強く燻ってユラユラ揺れる。 脳内に流れる指令。 “殺戮シロ” 掲げた腕から数多に伸びる鋭い爪の先。 醜い雄叫びは、森の中に吸い込まれて不気味に地響きを起こす。 さぁ、殺戮をしよう。 このVRの世界で。 次はどいつだ?  最高の恐怖を、味合わせてやる。 【完】
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