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少女は扇子で口元を隠すと、裏声で語った。
“おじいさんおばあさん、私はもうすぐ月に帰るのです”
母親たちは大笑いする。
「ほら、このかぐや姫みたいでしょ」
テーブルの下からアニメ絵本を取り出して、扇を開いて微笑むかぐや姫を指差す。
「可愛いねえ」
淑子おばさんは夜空に浮かぶ満月を背にした和服の美少女の表紙をどこか寂しげに見詰める。
「この子、こういうアニメ絵本ばっかり欲しがるの」
母親はどこか苦いものを混ざった笑いを浮かべて続けた。
「本当はいわさきちひろの童話絵本の方を読んで欲しくて買ったけど、アニメみたいな絵の本の方がいいって」
一人娘のために買った真新しいピアノの脇に掛けられたカレンダーもこの画家の水彩画入りである。
「いわさきちひろは大人の目にはいいけど、小さな子にはアニメの方が親しみやすいかも」
淑子おばさんはそれだけ語ると、カップの紅茶に口をつけた。
母親はやや気が削がれた調子で息を吐く。
「淳子が小学生くらいになったら読ませようと思って『わたしがちいさかったときに』とか原爆の本も買ったけど、いわさきちひろは共産党だしね」
共産党、とまるで聞きつけられるのを恐れる風に声を潜めて続けた。
「まあ、中国の共産党とは違うけど」
淑子おばさんは固い面持ちになる。
「香港でも本土から来た人たちと話すこともあるけど、文革で家族を殺されたとか本当に中共はろくな話を聞かない」
耳にしたお母さんの顔も沈痛になった。
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