国境線《ボーダーライン》

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「マークとはね、カナダに移る話も出てるの」  マーク、と口にする淑子おばさんは幾分綻んだ表情になる。  これはおばさんの旦那さんの名前だ。  前に送られてきた写真だと、おばさんと並んで映るそのマークさんは日本人にしか見えない。  けれど、ホンコンの人は顔は日本人にそっくりでも“ブルース”とか“ジャッキー”とかアメリカ人みたいな名前を使うのだとお母さんは教えてくれた。  ホンコンの人はカントン語という中国語の仲間の言葉と英語の両方を話すのだそうだ。 「後十年足らずで返還(へんかん)だしね」 「そう」  “ヘンカン”って何だろう?  頭の片隅で思いつつ淳子はテーブルの真ん中の皿から色とりどりのビニールに包まれたチョコレートに手を伸ばす。  赤、青、黄色……。 「三個までだよ」  お母さんの声が飛ぶ。 「はい」  やっぱりお客さんが来てもいつも通りチョコレートは三個までなんだ。  これはお客さんが来た時に特別出す高いチョコレートだから、いつも食べるマーブルチョコみたいなのより一つがずっと大きいけど。 「これって英語?」 “Ritter SPORT”  色は異なるがどの包装紙にもそう刷られている。 「これはドイツ語だよ」  淑子おばさんは即座に答えた。 「リッターチョコは西ドイツのお菓子だから」  お母さんも言い添える。 「そうなんだ」  赤い包装紙を裂いて出てきたチョコレートの中程に歯を立てると、バキッと口の中で濃く甘い味が広がった。  この一口分で普段食べているマーブルチョコの三個分くらいありそうだ。
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